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ホモ・サピエンスの
知恵図鑑A FIELD GUIDE TO HUMAN WISDOM

苦手ばかりでは、ない。育てられる力もまた、人の仕様である。

『ホモ・サピエンスの苦手図鑑』が、20万年前の脳がつまずくところを集めた本なら、これはその対になる一冊。心理学と組織論が見つけてきた、人がもともと持ち、そして育てられる力を収蔵する。

効力感、希望、心理的安全性、集合知、メタ認知、知恵。ばらばらの専門用語に見えて、その多くは「才能」ではなく、環境と練習で伸びる筋肉である。全50種を、たとえ話と、自分に向ける問いつきで。

知恵は、生まれつきではない。育てられるものである。
→ 対になる『ホモ・サピエンスの苦手図鑑』を読む
第一章

読む前の、三つの前提

この図鑑は、優れた人を讃えるための本ではない。誰の中にもある力の育て方を、知るための本である。

力は、生まれつきではない

自己効力感も、粘り強さ(グリット)も、成長マインドセットも、才能の別名ではない。小さな成功、よい手本、まわりの励まし――どう育つのかが、研究でかなり分かってきている。

賢さは、一人にとどまらない

安心して本音を出せる集団は、優秀な個人の寄せ集めを超えていく。知性は、頭の中だけでなく、人と人のあいだにも宿る。だから「場」の設計が、賢さを左右する。

成熟は、年月まかせでは来ない

メタ認知も、知的謙虚さも、放っておいて歳とともに育つとは限らない。自分の考えをいちど疑い、ふりかえる人のところに、それは少しずつ宿っていく。

第二章

知恵の三系統 ─ 焼印の読み方

この図鑑の50種は、大きく三つの系統に分かれる。自分の内側の力、人と人のあいだに生まれる力、そして考え方そのものを育てる力。各カードの色(バッジ)が、その系統を示している。

自分を動かす力

全13種

「自分ならできそうだ」という手ごたえや、うまくいかないときにも工夫を続ける粘り。行動の火種になる、一人ひとりの内なる力。

みんなで賢くなる力

全20種

安心して本音を出せる場、知恵を持ち寄る仕組み、失敗から学び続ける組織。個人を超えて、集団として賢くなるための力。

しなやかに考える力

全17種

自分の考えを一段上から眺める、わからなさに耐える、しなやかに立ち直る。深く考え、成熟していくための力。

第三章

知恵 五十種

それぞれの力には、それを見つけた研究者と、日々のくらしの中の「たとえば」がある。最後の問いは、自分の経験を思い出すための小さな入口。

自己効力感を表すイラスト
No.001

自己効力感

じここうりょくかん | Self-efficacy

個の力
ひとことで
「自分ならできそうだ」という、自分自身への信頼感。
どういう力か
何かに挑戦するとき、実際の能力と同じくらい大事なのが「自分にはできそうだ」という見通しです。心理学者バンデューラは、この見通しを「自己効力感」と名づけました。自己効力感が高い人は、難しい課題にも挑戦し、失敗してもねばり強く工夫を続けます。逆に低いと、本当はできることでも「どうせ無理」と最初からあきらめてしまいます。大事なのは、自己効力感は生まれつきではなく育てられること。小さな成功体験を積む、うまくいっている人を観察する、まわりから励まされる、緊張や不安とうまくつきあう――この4つが、効力感を育てる栄養だとされています。
たとえば
逆上がりが「できる気がしない」うちは体が縮こまるのに、一度成功すると急に何度でもできるようになる。
提唱・研究
アルバート・バンデューラ(カナダ出身の心理学者、1977年)

問いあなたが「自分ならできそう」と思えたのは、どんな経験のあとだった?

努力効力感を表すイラスト
No.002

努力効力感

どりょくこうりょくかん | Effort beliefs / Belief in the power of effort

個の力
ひとことで
「努力すれば、自分は変われる・報われる」という努力そのものへの信頼。
どういう力か
「がんばってもムダ」と感じるか、「がんばれば変わる」と感じるか。この違いは、才能の差よりも大きく人の行動を左右します。努力効力感とは、努力という行為そのものに手ごたえを感じられる感覚のこと。ドゥエックの研究では、「能力は努力で伸びる」と信じる子どもは、失敗を「まだ足りないだけ」と受け止めて挑戦を続け、実際に成績も伸びていきました。ポイントは、努力の「量」ではなく「効き目の実感」。やみくもな根性論ではなく、「この工夫をしたら、ここが変わった」という因果関係が見えたとき、努力効力感は育ちます。だからこそ、結果だけでなく努力の過程を認め合うことが大切なのです。
たとえば
漢字テストで、丸暗記をやめて「間違えた字だけノートに3回書く」方式に変えたら点が上がり、勉強が急に楽しくなった。
提唱・研究
キャロル・ドゥエックらの「努力信念」研究が背景

問いあなたの努力が「効いた!」と実感できた瞬間は、いつ、何がきっかけだった?

組織効力感を表すイラスト
No.003

組織効力感

そしきこうりょくかん | Collective efficacy

個の力
ひとことで
「このチームなら、きっとやれる」というメンバーみんなで共有された信念。
どういう力か
自己効力感のチーム版が組織効力感(集合的効力感)です。バンデューラは、個人だけでなく集団も「私たちならできる」という信念を持ち、それが集団の成果を大きく左右することを示しました。組織効力感が高いチームは、困難にぶつかっても「なんとかできるはず」と粘り、メンバー同士が助け合います。面白いのは、これが単なるメンバー個人の効力感の合計ではないこと。「あの人がいるから」「うちのチームはやってこられたから」という、関係性やチームの歴史から生まれる信念なのです。教育の世界では、教師集団の組織効力感が子どもの学力に強く影響するという研究もあり、学校や会社を変えるカギとして注目されています。
たとえば
文化祭の準備が大幅に遅れても「うちのクラスは本番に強いから大丈夫」とみんなが信じて動けるクラスは、実際に間に合ってしまう。
提唱・研究
アルバート・バンデューラ(1990年代に理論化)

問いあなたのいるチームには「私たちならやれる」という空気がある? それはどこから来ている?

学習性無力感を表すイラスト
No.004

学習性無力感

がくしゅうせいむりょくかん | Learned helplessness

個の力
ひとことで
「何をやってもムダ」を学習してしまい、逃げられる状況でも動けなくなる心の状態。
どういう力か
セリグマンは、電気ショックを避けられない経験をした犬が、その後ショックを簡単に避けられる部屋に移されても、逃げようとせずうずくまることを発見しました。「自分の行動は結果を変えられない」と学習してしまったのです。これが学習性無力感。人間も同じで、努力が結果につながらない経験が続くと、「どうせムダ」という感覚が心にしみつき、チャンスが来ても手を伸ばせなくなります。重要なのは、無力感は性格ではなく「学習の結果」だということ。つまり、学び直すことができるのです。小さくても「自分の行動で状況が変わった」という経験を積み直すことが、回復の入り口になります。
たとえば
何度発言しても意見が採用されない会議が続くと、人はやがて発言そのものをやめてしまう。
提唱・研究
マーティン・セリグマン(アメリカの心理学者、1967年)

問いあなたのまわりに「どうせ言ってもムダ」という空気があるとしたら、それはどんな経験から学習されたもの?

学習性楽観を表すイラスト
No.005

学習性楽観

がくしゅうせいらっかん | Learned optimism

個の力
ひとことで
無力感が学習されるなら、楽観もまた学習できる、という希望の理論。
どういう力か
学習性無力感を発見したセリグマンは、その後こう考えました。「無力感が学習できるなら、その逆も学習できるはずだ」。カギは、うまくいかないことが起きたときの「説明のクセ」にあります。悲観的な人は失敗を「自分のせいで(内向き)、いつも(永続的)、何をやっても(全般的)」と説明し、楽観的な人は「今回は(一時的)、この場面では(限定的)」と説明します。この説明スタイルは、意識して練習すれば変えられることが分かっています。根拠のない「なんとかなるさ」ではなく、出来事の受け止め方を鍛えることで身につく、いわば「心の技術」としての楽観です。
たとえば
テストで失敗したとき「自分はバカだから」ではなく「今回は睡眠不足だった。次は早く寝よう」と考え直してみる。
提唱・研究
マーティン・セリグマン(1990年頃)

問い最近の失敗をひとつ思い出して、「一時的・限定的」な説明に言いかえてみると?

統制の所在を表すイラスト
No.006

統制の所在

とうせいのしょざい | Locus of control

個の力
ひとことで
物事の結果の原因を、自分の中に見るか、外の世界に見るかという心のクセ。
どういう力か
テストの点が悪かったとき、「勉強のやり方が悪かった」と考える人と、「問題が悪い、運が悪い」と考える人がいます。ロッターは、結果の原因をどこに置くかという心のクセを「統制の所在(ローカス・オブ・コントロール)」と呼びました。自分の内側に原因を見る「内的統制」の人は、行動すれば結果が変わると信じるので努力しやすい。外側に見る「外的統制」の人は、環境や運のせいにしやすく、行動が起きにくくなります。ただし、何でも自分のせいにすればよいわけではありません。本当に環境に問題がある場合もあります。「変えられるものと変えられないものを見分けて、変えられるものに力を注ぐ」バランス感覚が知恵の核心です。
たとえば
同じ雨の日でも「傘を忘れた自分の準備不足」と考える人と「天気予報が外れたせい」と考える人がいる。
提唱・研究
ジュリアン・ロッター(アメリカの心理学者、1966年)

問いうまくいかなかったとき、あなたはまず何のせいにする? そのクセは自分を助けている? 縛っている?

グリットを表すイラスト
No.007

グリット

ぐりっと | Grit

個の力
ひとことで
長い年月をかけて、ひとつの目標に情熱を注ぎ続ける「やり抜く力」。
どういう力か
ダックワースは、士官学校の訓練や全米スペリングコンテストなどで「最後までやり抜く人」を研究し、成功を予測するのは才能やIQよりも「グリット」だと主張しました。グリットは「情熱(興味を持ち続ける力)」と「粘り強さ(困難でも続ける力)」のかけ算です。短距離走の頑張りではなく、数年単位のマラソンのような頑張りを指すのがポイント。ただし近年は「つらくても我慢して続けること」と誤解される危険も指摘されています。本来のグリットは、意味を感じる目標に向かうからこそ続けられるもの。「何のためにやるのか」という目的意識とセットで考えることが大切です。
たとえば
部活で3年間、毎日素振りを続けられたのは根性ではなく「あの大会で勝ちたい」という目標がずっと心にあったから。
提唱・研究
アンジェラ・ダックワース(アメリカの心理学者、2007年)

問いあなたが一番長く続けてきたことは何? なぜそれは続けられた?

成長マインドセットを表すイラスト
No.008

成長マインドセット

せいちょうまいんどせっと | Growth mindset

個の力
ひとことで
能力は固定された才能ではなく、努力と工夫で伸ばせるという信念。
どういう力か
ドゥエックは、人の能力観には2種類あることを発見しました。「能力は生まれつき決まっている」と考える固定マインドセットと、「能力は伸ばせる」と考える成長マインドセットです。固定マインドセットの人は、失敗を「才能がない証拠」と受け取るため、挑戦を避けて自分を賢く見せることに力を使います。成長マインドセットの人は、失敗を「学びの材料」と受け取るため、難しい課題ほど燃えます。興味深いのは、ほめ方ひとつでマインドセットが変わること。「頭がいいね」と才能をほめられた子は挑戦を避けるようになり、「工夫したね」と過程をほめられた子は難問を選ぶようになったのです。努力効力感を育てる土台となる考え方です。
たとえば
「まだできない」の「まだ(yet)」を付け足すだけで、「できない」が「これからできるようになる途中」に変わる。
提唱・研究
キャロル・ドゥエック(アメリカの心理学者)

問いあなたが「自分には向いてない」と決めつけていることに、「まだ」を付けたらどう見える?

希望理論を表すイラスト
No.009

希望理論

きぼうりろん | Hope theory

個の力
ひとことで
希望とは気分ではなく、「道筋を描く力」と「進む意志」のかけ算である。
どういう力か
「希望を持て」と言われても、どうすればいいか分かりません。スナイダーは希望を精神論から救い出し、測定できる心の力として定義しました。希望=「経路思考(目標までの道筋をいくつも描ける力)」×「主体思考(その道を進めるという意志とエネルギー)」。道筋が1本しか見えていないと、それが塞がれた瞬間に絶望します。しかし「この道がダメならあの道」と複数のルートを描ける人は、簡単には希望を失いません。つまり希望は、性格ではなく計画力と選択肢の多さに支えられた技術なのです。誰かの希望を支えたいときは、「がんばれ」と言うより、一緒に別ルートを探すほうが効くのです。
たとえば
第一志望に落ちても「この学校からでも、あの仕事には3つのルートで行ける」と描けた人は立ち直りが早い。
提唱・研究
チャールズ・スナイダー(アメリカの心理学者、1991年)

問いいま目指しているものに向かうルートを、3本描くとしたら?

心理的資本を表すイラスト
No.010

心理的資本

しんりてきしほん | Psychological capital (PsyCap)

個の力
ひとことで
希望・効力感・レジリエンス・楽観という、心の中に貯められる4つの資本。
どういう力か
お金(経済資本)や人脈(社会資本)だけでなく、心の状態も「資本」として蓄えられる――ルーサンスはそう考え、Hope(希望)、Efficacy(効力感)、Resilience(回復力)、Optimism(楽観)の4つをまとめて「心理的資本」と呼びました。頭文字をとってHERO(ヒーロー)と呼ばれます。この4つは、生まれつきの性格と違って、トレーニングや職場環境の工夫で高められることが確認されています。しかも4つはお互いを強め合う関係にあります。心理的資本が高い人や組織は、成果だけでなく幸福度も高いという研究が積み重なっており、「人を大切にする経営」の理論的な柱になっています。
たとえば
貯金がなくても、「希望・自信・立ち直る力・楽観」の4つが心にあれば、ピンチのときに引き出せる財産になる。
提唱・研究
フレッド・ルーサンス(アメリカの経営学者、2004年頃)

問いあなたのHERO(希望・効力感・回復力・楽観)のうち、いま一番貯まっているのはどれ? 一番減っているのは?

自己決定理論を表すイラスト
No.011

自己決定理論

じこけっていりろん | Self-determination theory

個の力
ひとことで
人は「自分で選び、うまくなり、つながっている」と感じるとき、内側からやる気が湧く。
どういう力か
ごほうびや罰で人を動かすやり方には限界があります。デシとライアンは、人が内側から意欲を持つには3つの心理的欲求が満たされる必要があることを示しました。「自律性(自分で選んでいる感覚)」「有能感(できるようになっている感覚)」「関係性(人とつながっている感覚)」です。逆に、報酬で釣りすぎると、もともと好きだったことへの意欲がしぼむ「アンダーマイニング効果」が起きることも発見されました。好きで描いていた絵に賞金がつくと、賞金なしでは描かなくなってしまうのです。人を本気にさせたいなら、アメとムチではなく、選択の自由・成長の実感・仲間とのつながりを用意すること。動機づけ研究の最重要理論です。
たとえば
「宿題やりなさい」と言われた瞬間、やる気が消えるのは、「自分で選んでいる感覚」が奪われるから。
提唱・研究
エドワード・デシ&リチャード・ライアン(1985年)

問いあなたが時間を忘れて取り組めることは、自律性・有能感・関係性のどれで支えられている?

エージェンシーを表すイラスト
No.012

エージェンシー

えーじぇんしー | Agency

個の力
ひとことで
世界を「与えられるもの」ではなく「自分が変化を起こせるもの」として関わる主体性。
どういう力か
エージェンシーとは、自分の人生や周囲の環境に対して「自分が起点になって変えられる」と感じ、実際に行動する力のことです。バンデューラは人間を「環境に反応するだけの存在」ではなく「意図を持ち、先を見通し、自分を調整する主体」として描きました。近年はOECD(経済協力開発機構)が、これからの教育の中心概念として「生徒エージェンシー」を掲げ、世界的な注目を集めています。ポイントは、エージェンシーが一人で発揮するものとは限らないこと。仲間や先生と一緒に発揮する「共同エージェンシー」という考え方もあります。「誰かが変えてくれる」から「私たちから変えていく」へ。効力感の知恵が最終的に目指す姿です。
たとえば
「学校のルールがおかしい」と文句を言うだけの人と、生徒会に提案を持ち込む人の違いがエージェンシーの違い。
提唱・研究
アルバート・バンデューラ/OECDラーニング・コンパス2030

問いあなたが「どうせ変わらない」と思って手を出していないことに、最初の一歩を打つとしたら何をする?

フローを表すイラスト
No.013

フロー

ふろー | Flow

個の力
ひとことで
我を忘れて没頭し、時間の感覚が消えるほど活動に溶け込んだ最高の集中状態。
どういう力か
気づいたら3時間たっていた――そんな経験はありませんか。チクセントミハイは、画家やロッククライマーなど「夢中になる人々」を研究し、人が最も幸福で最も力を発揮する状態を「フロー」と名づけました。フローに入る条件は、挑戦の難しさと自分のスキルが釣り合っていること。簡単すぎると退屈し、難しすぎると不安になり、ちょうど背伸びくらいの難易度のときに人は没頭します。さらに、目標が明確で、手ごたえ(フィードバック)がすぐ返ってくることも条件です。ゲームに夢中になれるのは、この条件が完璧にそろっているから。勉強や仕事も、難易度調整とフィードバックを工夫すれば、フローに近づけることができます。
たとえば
ゲームがやめられないのは意志が弱いからではなく、「ちょうどいい難易度+即フィードバック」というフローの仕掛けのせい。
提唱・研究
ミハイ・チクセントミハイ(ハンガリー出身の心理学者)

問いあなたが最近フローに入ったのはいつ? そのとき難易度と手ごたえはどうなっていた?

心理的安全性を表すイラスト
No.014

心理的安全性

しんりてきあんぜんせい | Psychological safety

衆の知
ひとことで
「このチームでは、質問しても、失敗を認めても、罰されない」と信じられる空気。
どういう力か
エドモンドソンは病院のチームを調査していて、意外な事実に気づきました。優秀なチームほどミスの報告数が多かったのです。よく調べると、ミスが多いのではなく「ミスを隠さず言える」チームだったのでした。心理的安全性とは、無知だと思われる不安、無能だと思われる不安、邪魔だと思われる不安、否定的だと思われる不安――この4つの対人不安なしに発言できる状態のこと。Googleの大規模調査「プロジェクト・アリストテレス」でも、生産性の高いチームの最重要因子はメンバーの優秀さではなく心理的安全性でした。仲良しのぬるま湯とは違います。安心して反対意見や失敗を出し合えるからこそ、チームは学習し、挑戦できるのです。組織効力感が育つための土壌といえます。
たとえば
授業中に「わからないので教えてください」と手を挙げられるクラスと、間違いを笑われるので誰も挙げないクラス。
提唱・研究
エイミー・エドモンドソン(ハーバード大学、1999年)

問いあなたのチームでは、一番立場の弱い人が一番偉い人に反対意見を言える?

集合知を表すイラスト
No.015

集合知

しゅうごうち | Collective intelligence / Wisdom of crowds

衆の知
ひとことで
条件がそろえば、ふつうの人々の集まりは一人の専門家より賢くなる。
どういう力か
牛の体重当てコンテストで、群衆800人の予想の平均値が、専門家の誰よりも正解に近かった――統計学者ゴルトンが発見したこの現象は、のちに「群衆の知恵」と呼ばれるようになりました。ただし、集団がいつでも賢いわけではありません。スロウィッキーは、集合知が働く条件として「多様性(違う視点の人がいる)」「独立性(周りに流されず自分で考える)」「分散性(それぞれが現場の知識を持つ)」「集約の仕組み(意見をまとめる方法がある)」を挙げました。逆にこの条件が崩れると、集団は簡単に愚かになります。みんなが同じ情報を見て、空気を読み合えば、賢さは消えるのです。多様な意見を独立に出させてから議論する――それだけで会議の質は変わります。
たとえば
クイズ番組の「オーディエンス」が高確率で正解するのは、大勢が独立に答えた結果を集計しているから。
提唱・研究
フランシス・ゴルトン(1907年)/ジェームズ・スロウィッキー『「みんなの意見」は案外正しい』

問いあなたの学校や職場の話し合いは、集合知の4条件(多様・独立・分散・集約)をいくつ満たしている?

集団的知性のc因子を表すイラスト
No.016

集団的知性のc因子

しゅうだんてきちせいのシーいんし | Collective intelligence factor (c factor)

衆の知
ひとことで
チームの賢さは、メンバーのIQの合計では決まらない。
どういう力か
ウーリーらは約700人を小グループに分け、さまざまな課題を解かせて「チームとしての知性」を測定しました。結果は驚くべきものでした。チームの成績を予測したのは、メンバー個人のIQの平均でも最高値でもなく、別の要因だったのです。それは「メンバーの社会的感受性(相手の気持ちを読み取る力)」「発言の均等さ(特定の人が話を独占していないこと)」、そして「女性メンバーの割合」でした。この「チームとしての知性」はc因子と呼ばれ、個人のIQ(g因子)と区別されます。天才を集めても、誰かが話を独占し、互いの様子に無頓着なチームは賢くなれない。逆に、互いをよく見て、全員が声を出せるチームは、平凡なメンバーでも賢くなれるのです。
たとえば
優等生ばかりの班より、全員がまんべんなく発言して互いの表情を見ている班のほうが、文化祭の企画で良い成果を出す。
提唱・研究
アニタ・ウーリーら(カーネギーメロン大学、2010年、Science誌)

問いあなたのチームの直近の話し合いで、発言時間は何対何くらいに分かれていた?

集団思考を表すイラスト
No.017

集団思考

しゅうだんしこう | Groupthink

衆の知
ひとことで
仲の良い集団ほど、反対意見が消えて、全員で愚かな決定に突き進んでしまう罠。
どういう力か
アメリカのケネディ政権は、超一流の頭脳を集めながら、ピッグス湾侵攻という歴史的な大失敗をしました。ジャニスはこうした事例を分析し、優秀な集団が愚かな決定をするメカニズムを「集団思考(グループシンク)」と名づけました。結束が固く、外部から隔離され、強いリーダーがいる集団では、「和を乱したくない」という気持ちから疑問が飲み込まれ、「全員一致」の幻想が生まれます。自分たちは正しいという過信、都合の悪い情報の無視、反対者への圧力……。恐ろしいのは、メンバーが優秀で仲が良いほど起こりやすいことです。対策は、あえて反対役(悪魔の代弁者)を置く、リーダーは最初に意見を言わない、外部の視点を入れるなど。「仲の良さ」と「本音を言えること」は別物なのです。
たとえば
「みんなが賛成してるのに、いまさら反対しづらい…」と全員が思ったまま決まった旅行プランが、誰も楽しめない結果になる。
提唱・研究
アーヴィング・ジャニス(アメリカの心理学者、1972年)

問い最近の「全員一致」の決定を思い出してみて。本当に全員が心から賛成していた?

社会的手抜きを表すイラスト
No.018

社会的手抜き

しゃかいてきてぬき | Social loafing

衆の知
ひとことで
人数が増えるほど、一人ひとりの出す力は無意識に小さくなる。
どういう力か
綱引きの実験で、フランスの農学者リンゲルマンは奇妙な現象を発見しました。1人で引くときの力を100とすると、2人では93、3人では85、8人では49にまで落ちたのです。サボっている自覚はありません。「自分一人くらい」という気持ちと、「自分の貢献が見えなくなる」ことが、無意識に力を抜かせるのです。これは筋力だけでなく、アイデア出しや拍手の大きさでも確認されています。対策の核心は「一人ひとりの貢献が見えるようにすること」。役割を明確にする、名前を出す、少人数に分ける、貢献を承認する――これだけで手抜きは大きく減ります。「大人数のほうが心強い」という直感は、実は落とし穴なのです。
たとえば
6人グループの発表準備で、なぜかいつも2〜3人しか動いていない。全体連絡のグループLINEには誰も返信しないのに、個別に頼むとすぐ動いてくれる。
提唱・研究
マクシミリアン・リンゲルマン(1913年頃)/後にラタネらが理論化

問いあなたが最近「自分一人くらい」と力を抜いた場面はどこ? 貢献が「見える化」されていたら、どうしていた?

傍観者効果を表すイラスト
No.019

傍観者効果

ぼうかんしゃこうか | Bystander effect

衆の知
ひとことで
目撃者が多いほど、誰も助けなくなる。「誰かがやるだろう」の心理。
どういう力か
1964年、ニューヨークで起きたキティ・ジェノヴィーズ事件をきっかけに、ラタネとダーリーは実験を重ね、衝撃的な法則を発見しました。緊急事態の目撃者が多いほど、一人ひとりが行動する確率は下がるのです。理由は3つ。「責任の分散(自分がやらなくても誰かが)」「多元的無知(周りが動かないから大したことではないのだろう)」「評価懸念(間違っていたら恥ずかしい)」。これは冷たさの問題ではなく、状況が生む心理です。だからこそ対策も具体的です。助けを求めるときは「誰か助けて」ではなく「そこの赤い服のあなた、119番をお願いします」と名指しすること。責任の分散を断ち切った瞬間、人は動けるようになります。組織で「誰もボールを拾わない」問題の正体でもあります。
たとえば
全員に送られた「どなたか対応お願いします」というメールには誰も反応しないが、「〇〇さんお願いします」なら即日対応される。
提唱・研究
ビブ・ラタネ&ジョン・ダーリー(1968年)

問いあなたの組織で「みんなの仕事」になったまま放置されているボールは何?

トランザクティブ・メモリーを表すイラスト
No.020

トランザクティブ・メモリー

とらんざくてぃぶ・めもりー | Transactive memory

衆の知
ひとことで
organizationの記憶力とは「誰が何を知っているかを、みんなが知っている」こと。
どういう力か
賢い組織は、全員が同じ知識を持っている組織ではありません。ウェグナーは、長年連れ添った夫婦が「記憶の分業」をしていることに注目しました。夫は車のこと、妻は親戚の誕生日……互いに「それはあの人が覚えている」と知っているので、二人合わせて巨大な記憶システムになるのです。これがトランザクティブ・メモリー。組織では「Who knows what(誰が何を知っているか)」の共有として現れます。これが機能している組織は、問題が起きたとき瞬時に適切な人へたどりつけます。逆に、優秀な人がいても「あの人がそれを知っているとは誰も知らない」状態では宝の持ち腐れ。雑談やランチ、自己紹介の機会は、実はこの「知のカーナビ」を組織に育てる大切な投資なのです。
たとえば
「パソコンのトラブルなら3組の田中さん」「昔の資料のことは事務の佐藤さん」と、みんなが知っている職場は仕事が速い。
提唱・研究
ダニエル・ウェグナー(アメリカの心理学者、1985年)

問いあなたのチームで「実は詳しいのに、誰にも知られていない知識」を持っていそうな人は誰?

分散認知を表すイラスト
No.021

分散認知

ぶんさんにんち | Distributed cognition

衆の知
ひとことで
知性は頭の中だけにあるのではなく、道具・メモ・仲間との間に広がっている。
どういう力か
飛行機のコックピットは誰が操縦しているのでしょうか。ハッチンスは「パイロット個人」ではなく「パイロットたち+計器+チェックリスト+管制官のシステム全体」が操縦していると考えました。これが分散認知です。人間の知性は、脳みそ単独ではなく、メモ、スマホ、ホワイトボード、そして他者とのやりとりに「分散」して働いています。買い物リストを書けば記憶はリストに預けられ、指を折れば計算は指に預けられる。つまり「賢さ」は、個人の頭の性能だけでなく、道具と環境と関係性のデザインで決まるのです。組織づくりへの示唆は明快です。人を鍛えるだけでなく、ホワイトボードの位置、議事録の仕組み、情報の流れ方を変えることも、組織を賢くする方法なのです。
たとえば
暗算では解けない問題も、紙とペンがあれば解ける。あなたの知性の一部は、ペン先にある。
提唱・研究
エドウィン・ハッチンス(認知科学者、1990年代)

問いあなたのチームの「賢さ」を上げるために、人ではなく道具や仕組みを変えるとしたら、何を変える?

センスメイキングを表すイラスト
No.022

センスメイキング

せんすめいきんぐ | Sensemaking

衆の知
ひとことで
組織は「正解を見つける」のではなく、混沌に「意味を与えながら」進んでいく。
どういう力か
想定外の出来事が起きたとき、組織に必要なのは完璧な分析よりも「これはこういうことだ」という納得できる物語を紡ぎ、動き出すことだ――ワイクはこれをセンスメイキング(意味形成)と呼びました。有名なのは、アルプスで遭難した部隊が1枚の地図を頼りに生還した逸話。実はそれはピレネー山脈の地図でした。地図が正しかったから助かったのではなく、地図があることで落ち着き、動き出し、動きながら状況を理解できたから助かったのです。正解が分からない時代には、「精密な計画を待つ」より「もっともらしい意味づけで一歩踏み出し、歩きながら修正する」ほうが機能する。物語る力こそが、不確実な世界を生き抜く組織の知性なのです。
たとえば
文化祭の企画が白紙に戻ったとき、「これは伝説を作るチャンスだ」と意味づけしたクラスは動き出せた。
提唱・研究
カール・ワイク(アメリカの組織心理学者)

問いいまあなたのチームが直面しているモヤモヤに、動き出せるような「意味づけ」を与えるとしたら?

学習する組織を表すイラスト
No.023

学習する組織

がくしゅうするそしき | Learning organization

衆の知
ひとことで
個人の学びを組織の学びに変え、環境の変化とともに進化し続ける組織。
どういう力か
優秀な個人が集まっても、組織として学べるとは限りません。センゲは、変化の時代に生き残るのは「学習する組織」だとし、その5つの規律を示しました。「自己マスタリー(一人ひとりが学び続ける)」「メンタルモデル(思い込みに気づき問い直す)」「共有ビジョン(押しつけでない共通の夢)」「チーム学習(対話によって共に考える)」、そしてすべてを束ねる「システム思考(全体のつながりを見る)」です。重要なのは、研修を増やすことが学習する組織ではないということ。失敗から学ぶ仕組み、本音で対話する場、部分最適でなく全体を見る目――それらが日常に埋め込まれているかが問われます。組織効力感や心理的安全性の知恵とつながる、組織論の金字塔です。
たとえば
負けた試合のあと、犯人探しをするチームと、「何を学べたか」をみんなで振り返るチームの1年後は大きく違う。
提唱・研究
ピーター・センゲ『最強組織の法則(The Fifth Discipline)』(1990年)

問いあなたの組織では、失敗はどこに行く? 隠される? 責められる? それとも学びに変わる?

ダブルループ学習を表すイラスト
No.024

ダブルループ学習

だぶるるーぷがくしゅう | Double-loop learning

衆の知
ひとことで
やり方を改善するだけでなく、「そもそもの前提」を問い直す、より深い学習。
どういう力か
サーモスタットは室温が下がればスイッチを入れます。これが「シングルループ学習」――決められた目標に向けて行動を修正する学びです。しかしアージリスは問いました。「そもそも設定温度は適切か?」と問い直す学びもあるはずだ、と。これが「ダブルループ学習」です。売上が落ちたとき、営業のやり方を工夫するのがシングルループ、「そもそもこの商品は今の時代に必要とされているのか」と問うのがダブルループ。人も組織も、うまくいかないときほど「今のやり方の改善」に飛びつき、前提を疑うことを避けがちです。前提を疑うのは痛みを伴うからです。しかし時代が変わるときには、努力の量ではなく、努力の向きを変えることが必要になります。
たとえば
「どうすれば速く走れるか」を工夫するのがシングルループ。「そもそも自分は走る競技より投げる競技が向いているのでは?」と問うのがダブルループ。
提唱・研究
クリス・アージリス(ハーバード大学、1970年代)

問いあなたがずっと改善し続けていることの、「そもそもの前提」を問い直すとしたら?

アンラーニングを表すイラスト
No.025

アンラーニング

あんらーにんぐ | Unlearning

衆の知
ひとことで
新しく学ぶ前に、古い成功パターンを手放す「学びほぐし」。
どういう力か
学ぶことより難しいのは、すでに学んだことを手放すことです。アンラーニングとは、過去に有効だった知識ややり方を意図的に捨て、入れ替えること。「学習棄却」「学びほぐし」と訳されます。人も組織も、成功体験ほど手放せません。「このやり方で勝ってきた」という記憶が、環境が変わった後も同じ行動を選ばせ続けるのです。かつての優良企業が時代の変化で沈むとき、原因はたいてい能力不足ではなく、過去の成功への固着です。アンラーニングのコツは、全部を捨てることではなく「何を残し、何を手放すか」を仕分けること。定期的に自分のやり方を棚卸しし、「これは今も有効か?」と問う習慣が、変化の時代の学び上手を作ります。
たとえば
中学で最強だった暗記型の勉強法が、考える力を問う高校の試験では通用しない。まず「暗記すれば勝てる」を手放す必要がある。
提唱・研究
組織学習論(ヘドバーグら、1981年)/日本では鶴見俊輔の「学びほぐし」も源流

問いあなたの「過去の成功パターン」のうち、そろそろ賞味期限が切れていそうなものは?

SECIモデル(暗黙知と形式知)を表すイラスト
No.026

SECIモデル(暗黙知と形式知)

せきもでる | SECI model / Tacit and explicit knowledge

衆の知
ひとことで
言葉にならない知(暗黙知)と言葉になった知(形式知)の循環が、組織の知を生む。
どういう力か
自転車の乗り方を言葉だけで教えられないように、人の知には「言葉にできる知(形式知)」と「体で分かっているが言葉にしにくい知(暗黙知)」があります。野中郁次郎は、日本企業の強さの秘密を、この2つの知の循環に見出しました。それがSECIモデルです。共同化(Socialization:一緒に働いて暗黙知を移す)→表出化(Externalization:対話や比喩で言葉にする)→連結化(Combination:言葉にした知を組み合わせる)→内面化(Internalization:実践して再び体に落とす)。このスパイラルが回る組織は、知識を生み続けます。マニュアル化だけでは知は死に、職人芸のままでは知は広がらない。両方を行き来させることが知恵なのです。世界で最も引用される日本発の経営理論です。
たとえば
名人の寿司職人に弟子入りして技を盗み(共同化)、コツを「手の温度がネタを殺す」と言語化し(表出化)、教科書にまとめ(連結化)、練習して体得する(内面化)。
提唱・研究
野中郁次郎&竹内弘高『知識創造企業』(1995年)

問いあなたが「体では分かっているのに言葉にできていない」コツは何? 言葉にするとしたら、どんな比喩を使う?

組織市民行動を表すイラスト
No.027

組織市民行動

そしきしみんこうどう | Organizational citizenship behavior (OCB)

衆の知
ひとことで
給料や役割に書かれていないのに、組織のために自発的にする「ひと肌脱ぐ」行動。
どういう力か
困っている同僚を手伝う、新人に声をかける、会議室のゴミを拾う、頼まれていない改善提案をする――これらは職務記述書には書かれておらず、やらなくても罰されません。オーガンはこうした自発的な貢献行動を「組織市民行動」と名づけました。良い「市民」が街を支えるように、良い組織メンバーの小さな行動が組織を支えているのです。研究では、組織市民行動が多い職場は生産性も雰囲気も高いことが確認されています。ただし注意点もあります。この行動は「評価されないタダ働き」として特定の人に偏りがちで、燃え尽きの原因にもなります。見えない貢献に気づき、感謝を伝え、特定の人に偏らせないこと。それが市民行動を枯らさない組織の知恵です。
たとえば
掃除当番でもないのに、いつも部室のボールを片づけてくれる先輩。チームの雰囲気は、実はこういう人が支えている。
提唱・研究
デニス・オーガン(アメリカの経営学者、1988年)

問いあなたのまわりの「見えない貢献」をしている人は誰? 最後に感謝を伝えたのはいつ?

フォロワーシップを表すイラスト
No.028

フォロワーシップ

ふぉろわーしっぷ | Followership

衆の知
ひとことで
組織の成果はリーダーで2割、フォロワーで8割決まる。「ついていく側」の知性。
どういう力か
リーダーシップ論は山ほどありますが、組織の大多数はフォロワー(ついていく側)です。ケリーは「組織の成功に対するリーダーの貢献は2割、フォロワーの貢献は8割」と喝破し、フォロワーのあり方を研究しました。カギは2つの軸です。「自分の頭で批判的に考えるか」と「積極的に関与するか」。両方低いのが「消極的フォロワー」、考えずに従うのが「イエスマン」、考えるが動かないのが「孤立型」。そして両方高い「模範的フォロワー」は、リーダーに賛同するときは全力で支え、間違っていると思えば建設的に異を唱えます。良いフォロワーシップは、服従でも反抗でもなく、「組織の目的への忠誠」なのです。リーダー任せにしない組織リテラシーの中核です。
たとえば
キャプテンの指示に何でも従うだけの部員より、「その練習メニューだと故障者が出ます。こう変えませんか」と言える部員がチームを強くする。
提唱・研究
ロバート・ケリー(カーネギーメロン大学、1992年)

問いあなたはフォロワーとして、「考える軸」と「関与する軸」のどのあたりにいる?

シェアド・リーダーシップを表すイラスト
No.029

シェアド・リーダーシップ

しぇあど・りーだーしっぷ | Shared leadership / Servant leadership

衆の知
ひとことで
リーダーシップは一人の役職ではなく、チーム全員で分け持てる機能である。
どういう力か
「リーダーシップ=リーダーという地位の人が発揮するもの」という常識が変わりつつあります。シェアド・リーダーシップとは、場面に応じてメンバーの誰もが影響力を発揮し、リーダー役が流動的に入れ替わるチームのあり方です。企画に強い人が企画場面で、データに強い人が分析場面で、空気づくりがうまい人が停滞場面で、それぞれ先頭に立つ。研究では、変化が速く複雑な仕事ほど、一人のカリスマに頼るチームより成果が高いことが示されています。あわせて注目されるのが、リーダーは奉仕者であるという「サーバント・リーダーシップ」(グリーンリーフ)。メンバーが力を発揮できるよう支え、環境を整えることをリーダーの本務とする考え方です。「引っ張る」から「引き出す」へ。リーダー観の大転換です。
たとえば
合唱コンクールで、指揮者だけでなく、パート練習は各パートの得意な人が仕切り、もめたときは調整上手な人が前に出るクラス。
提唱・研究
クレイグ・ピアースら(2000年代)/ロバート・グリーンリーフ(1970年)

問いあなたのチームで、役職とは関係なく「この場面ならあの人」と頼れる人を場面ごとに挙げてみると?

ソーシャル・キャピタルを表すイラスト
No.030

ソーシャル・キャピタル

そーしゃる・きゃぴたる | Social capital

衆の知
ひとことで
人と人との信頼・つながり・お互いさまの規範は、お金と同じように「資本」である。
どういう力か
パットナムはイタリアの州政府を比較研究し、経済力よりも「合唱団やサッカークラブの数」が行政のパフォーマンスを予測することを発見しました。人々が横につながり、信頼し合い、「お互いさま」の規範を持つ地域ほど、民主主義も経済もうまく回っていたのです。この信頼・ネットワーク・互酬性の規範をソーシャル・キャピタル(社会関係資本)と呼びます。つながりには2種類あります。似た者同士を固く結ぶ「結束型」と、異なる集団に橋をかける「橋渡し型」。内輪の結束だけでは排他的になり、橋渡しがあってこそ社会は開かれます。組織においても、部署を越えた顔見知りの多さが、いざというときの対応力を決めます。飲み会や部活動的なつながりは、実は目に見えないインフラなのです。
たとえば
災害のとき最初に助けてくれるのは、行政よりも「顔見知りのご近所さん」。日頃のあいさつは防災インフラでもある。
提唱・研究
ロバート・パットナム『孤独なボウリング』(2000年)

問いあなたのつながりは「結束型」と「橋渡し型」のどちらが多い? 橋を1本増やすなら、どこにかける?

越境学習を表すイラスト
No.031

越境学習

えっきょうがくしゅう | Cross-boundary learning

衆の知
ひとことで
ホームを離れてアウェイに飛び込むことで起こる、揺さぶられる学び。
どういう力か
いつもの職場や学校(ホーム)では、私たちは「当たり前」の中で暮らしています。越境学習とは、その境界を越えてアウェイな場に身を置くことで生まれる学びのこと。他社への留学、地域活動、ボランティア、副業、異業種の勉強会などがその舞台です。アウェイでは、ホームの常識が通じません。「あなたの会社では、なぜそうするの?」と問われて初めて、自分が当たり前を疑っていなかったことに気づく。この「揺さぶり」こそが学びの本体です。研究では、越境した人はホームに戻ったあと、違和感を抱えながらも変革の担い手になりやすいことが示されています。冒険の後に村に戻る英雄の物語のように、行って、揺さぶられて、持ち帰る。それが越境学習のサイクルです。
たとえば
部活しか知らなかった高校生が、地域のNPO活動に参加して「大人の会議の進め方」に衝撃を受け、部活のミーティングを変え始める。
提唱・研究
石山恒貴、中原淳など日本の経営学習論研究者が展開

問いあなたにとっての「アウェイ」はどこ? 最後に境界を越えたのはいつ?

ティール組織を表すイラスト
No.032

ティール組織

てぃーるそしき | Teal organization

衆の知
ひとことで
上司も命令もなくても回る、生命体のように進化する組織のかたち。
どういう力か
ラルーは世界中の組織を調査し、組織の進化を色で表しました。力で支配する「レッド(衝動型)」、階層と規則の「アンバー(順応型)」、成果と競争の「オレンジ(達成型)」、多様性と合意の「グリーン(多元型)」、そして最先端が「ティール(進化型)」です。ティール組織には3つの特徴があります。「セルフマネジメント(上司の承認なしに現場が意思決定する)」「全体性(仕事用の仮面を外し、ありのままでいられる)」「進化する目的(組織の存在意義に耳を澄まし続ける)」。オランダの在宅ケア組織ビュートゾルフでは、マネジャー不在の10人前後のチームが自律的に動き、高い成果と満足度を実現しています。すべての組織が目指すべき正解ではありませんが、「命令がなくても人は動ける」という証拠として、組織観を揺さぶる知恵です。
たとえば
先生が職員室にいなくても、生徒たちが自分たちでルールを決めて文化祭を運営できるとしたら、それはティール的な状態。
提唱・研究
フレデリック・ラルー『ティール組織』(2014年)

問いあなたの組織から「上司の承認」を1つなくすとしたら、どの決定を現場に渡せそう?

心理的オーナーシップを表すイラスト
No.033

心理的オーナーシップ

しんりてきおーなーしっぷ | Psychological ownership

衆の知
ひとことで
法律上の所有とは関係なく、「これは私の(私たちの)ものだ」と感じる心。
どういう力か
自分の持ち物は大切にするのに、共有物は雑に扱われる――この違いを生むのが心理的オーナーシップです。ピアースらは、人が対象を「自分のもの」と感じる心理を研究し、それが「コントロールできること」「深く知っていること」「自分を注ぎ込んだこと」の3つから生まれると示しました。仕事でも学校でも、心理的オーナーシップを持つ人は、言われなくても改善し、守り、育てようとします。いわゆる「自分ごと化」です。逆に、決定に関われず、情報も与えられず、手をかける機会もなければ、人はお客さんになります。「参加して決める」「情報をオープンにする」「手をかける余地を残す」。当事者を増やしたいなら、所有感が生まれる3つの入り口を開くことです。
たとえば
自分たちで種から育てた花壇は誰も踏まないが、業者が作った花壇は平気で近道に使われる。
提唱・研究
ジョン・ピアースら(2001年)

問いあなたが「自分ごと」と感じられない仕事や活動には、コントロール・知識・自己投入のどれが欠けている?

多重知能理論を表すイラスト
No.034

多重知能理論

たじゅうちのうりろん | Theory of multiple intelligences

智の光
ひとことで
知能はひとつではない。人は8つの異なる知能のプロフィールを持っている。
どういう力か
「頭の良さ」をIQという1本のものさしで測ることに、ガードナーは異を唱えました。人間には少なくとも8つの独立した知能がある、と。「言語的知能」「論理数学的知能」(学校のテストが得意とする2つ)、「音楽的知能」「身体運動的知能」「空間的知能」「対人的知能(人の気持ちが分かる)」「内省的知能(自分を理解する)」「博物的知能(自然や物事を分類する)」です。学校では最初の2つばかりが評価されますが、優れたダンサー、聞き上手な友人、虫博士の少年は、それぞれ別の知能の天才かもしれません。この理論は「誰が賢いか」ではなく「どのように賢いか」を問えと教えてくれます。自分の知能プロフィールを知ることは、進路や学び方を選ぶ強力な地図になります。
たとえば
テストは苦手だけれど、ケンカした友達同士の間に入って仲直りさせる名人――それは対人的知能の高さという立派な賢さ。
提唱・研究
ハワード・ガードナー(ハーバード大学、1983年)

問い8つの知能のうち、あなたが一番強いのはどれ? 学校や仕事はそれを活かせている?

EQ(感情知能)を表すイラスト
No.035

EQ(感情知能)

イーキュー | Emotional intelligence

智の光
ひとことで
自分と他人の感情に気づき、理解し、うまく扱う知性。人生の成功を左右する。
どういう力か
IQが高いのに人間関係でつまずく人がいる一方、勉強は普通でも人の心をつかみ、チームをまとめる人がいます。その違いを説明するのがEQ(感情知能)です。サロベイとメイヤーが理論化し、ゴールマンの著書で世界に広まりました。EQは4つの力からなります。「自分の感情への気づき」「感情のコントロール」「他者の感情の理解(共感)」「関係性のマネジメント」。怒りを感じたとき、それに気づき、名前をつけ、爆発させずに伝えられるか。相手の表情の曇りに気づけるか。研究では、リーダーの成功を分けるのはIQよりEQだとされます。そして朗報は、EQは大人になってからでも鍛えられること。感情に「名前をつける」練習が、その第一歩です。
たとえば
イライラしたとき「あ、いま自分は『焦り』と『悔しさ』を感じてるな」と実況中継できる人は、八つ当たりせずにすむ。
提唱・研究
ピーター・サロベイ&ジョン・メイヤー(1990年)/ダニエル・ゴールマン(1995年)

問いあなたは今日、どんな感情を感じた? それぞれに名前をつけるとしたら?

CQ(文化的知性)を表すイラスト
No.036

CQ(文化的知性)

シーキュー | Cultural intelligence

智の光
ひとことで
文化の違いを越えて、相手を理解し、効果的に協働できる知性。
どういう力か
IQ、EQに続く「第3の知性」と呼ばれるのがCQ(文化的知性)です。アンとヴァン・ダインが提唱しました。異なる文化背景を持つ人と協働するとき、自分の常識は通用しません。あいづちの意味、時間の感覚、意見の言い方、沈黙の意味――すべてが文化によって違います。CQは4つの要素からなります。「動機(違いに関心を持つ)」「知識(文化の違いを知っている)」「戦略(違いを想定して計画する)」「行動(実際に振る舞いを調整できる)」。大切なのは、CQが外国人対応だけの話ではないことです。世代の違い、部署の違い、学校のクラスの違いも「文化の違い」です。「正しいのはどちらか」ではなく「違いをどう活かすか」を考えられる人が、多様性の時代の賢い人なのです。
たとえば
転校生が「前の学校では普通だったこと」で浮いてしまう。どちらも間違っていない、文化が違うだけ――と気づけるのがCQ。
提唱・研究
スン・アン&リン・ヴァン・ダイン(2003年)

問いあなたの「当たり前」が通じなかった経験は? そのとき相手の文化から何を学べた?

流動性知能と結晶性知能を表すイラスト
No.037

流動性知能と結晶性知能

りゅうどうせいちのうとけっしょうせいちのう | Fluid and crystallized intelligence

智の光
ひとことで
素早く解く知能は若さとともに衰えるが、経験からにじみ出る知能は生涯伸び続ける。
どういう力か
「歳をとると頭が衰える」は半分だけ本当です。キャッテルは知能を2種類に分けました。「流動性知能」は、初めての問題を素早く解く力。計算の速さ、暗記力、瞬発的なひらめきで、20代をピークに徐々に低下します。一方「結晶性知能」は、経験と学習の積み重ねからにじみ出る力。語彙力、判断力、状況を読む力で、こちらは60代、70代まで伸び続けることが分かっています。若手の速さとベテランの深さは、異なる知能の現れなのです。この知恵は世代観を変えます。高齢者を「衰えた人」と見るのは流動性知能しか見ていない証拠。そして若者にとっては、今の暗記力や処理速度だけが知性ではなく、経験を蓄えることが未来の知性への投資だと教えてくれます。
たとえば
新作パズルは孫のほうが速く解くが、「人ともめたときどうするか」の相談ではおばあちゃんの答えに深みがある。
提唱・研究
レイモンド・キャッテル(1963年)

問いあなたのまわりの年上の人が持つ「結晶性知能」から、何を受け取れそう?

メタ認知を表すイラスト
No.038

メタ認知

めたにんち | Metacognition

智の光
ひとことで
考えている自分を、もう一人の自分が一段上から眺める力。学びの司令塔。
どういう力か
「あれ、いま自分は分かったつもりになっているだけでは?」――そう気づけた瞬間、あなたはメタ認知を働かせています。メタ認知とは、自分の認知(考える・覚える・理解する)を対象として認知すること。フレイヴェルが概念化しました。勉強が得意な人の共通点は、頭の回転よりもメタ認知の強さだと言われます。「自分はどこが分かっていないか」を正確に把握し、「この覚え方は自分に合っているか」を点検し、計画を修正できるからです。メタ認知は、学習だけでなく感情にも働きます。「いま自分は怒りで判断が狭くなっている」と気づければ、行動を選び直せます。鍛え方はシンプルで、「自分は今、何をどう考えているか?」と自問する習慣を持つこと。日記や振り返りが効くのはこのためです。
たとえば
テスト前に「教科書を眺めて分かった気になっている自分」に気づき、何も見ずに説明できるか試してみる。
提唱・研究
ジョン・フレイヴェル(1970年代)

問いあなたは「分かったつもり」をどうやって見破っている?

実践知を表すイラスト
No.039

実践知

じっせんち | Phronesis / Practical wisdom

智の光
ひとことで
教科書の知識ではなく、「いま、ここで、何が最善か」を判断できる知恵。
どういう力か
アリストテレスは知を3つに分けました。普遍的な真理を知る「エピステーメー(理論知)」、ものを作る「テクネー(技術知)」、そして状況に応じて善い判断を下す「フロネーシス(実践知)」です。実践知は、マニュアルが通用しない場面で光ります。ルール通りなら断るべき場面で、目の前の人の事情を汲んで例外を作る判断。正論と現実の間で、落としどころを見つける力。これは本からは学べず、具体的な経験と、優れた実践者との交わりの中で育ちます。野中郁次郎は、この実践知こそが優れたリーダーの本質だとして「ワイズリーダー」論を展開しました。知識が簡単に手に入る時代、AIには真似しにくい「文脈を読んで善く判断する力」の価値は、むしろ高まっています。
たとえば
マニュアルでは「返品不可」でも、事情を聞いて店長判断で交換に応じ、その客が一生の常連になる――それが実践知の判断。
提唱・研究
アリストテレス『ニコマコス倫理学』/野中郁次郎が経営学に展開

問いあなたが尊敬する人の「マニュアルにない判断」で、心に残っているものは?

知恵(ウィズダム)を表すイラスト
No.040

知恵(ウィズダム)

ちえ | Wisdom

智の光
ひとことで
知識が「知っている」ことなら、知恵は「不確かさの中で善く生きる」力である。
どういう力か
「賢さ」そのものを科学する研究があります。バルテスらの「ベルリン知恵パラダイム」では、知恵を「人生の根本的な問題についての専門知」と定義し、その特徴を挙げました。豊かな事実の知識、やり方の知識に加えて、「人生の文脈を考慮すること」「価値観の相対性を理解すること(自分の正しさを絶対視しない)」、そして「不確実性を認めて、それでも判断すること」。つまり知恵とは、たくさん知っていることではなく、知の限界を知りながら、他者の視点を取り入れ、長い目でバランスの取れた判断ができることなのです。研究では、知恵は歳をとれば自動的に身につくものではなく、多様な経験への開かれた姿勢と振り返りが必要だとされます。この図鑑全体が目指す頂上が、この「知恵」です。
たとえば
相談されたとき、正解を即答する人より、「あなたの場合、何を大事にしたい?」と一緒に考えてくれる人のほうが、知恵深く感じられる。
提唱・研究
ポール・バルテスら(マックス・プランク研究所)/ロバート・スターンバーグ

問いあなたの知っている「知恵のある人」は、ふつうの「頭のいい人」と何が違う?

知的謙虚さを表すイラスト
No.041

知的謙虚さ

ちてきけんきょさ | Intellectual humility

智の光
ひとことで
「自分は間違っているかもしれない」と心から思える、強くてしなやかな知性。
どういう力か
知的謙虚さとは、自分の知識や信念には限界があり、間違っている可能性があると認められる態度のことです。自信のなさとは違います。むしろ、自分の考えに自信を持ちながら、同時に「でも反証があれば変える」と開いていられる強さです。研究では、知的謙虚さが高い人は、学習効率が高く、フェイクニュースにだまされにくく、対立する相手とも建設的に対話できることが示されています。逆に知的謙虚さを失うと、人は自分に都合のよい情報だけを集め(確証バイアス)、立場の違う人を敵とみなすようになります。SNS時代に最も必要な知性のひとつと言われるゆえんです。「私が間違っていると分かったら、それは賢くなれたということ」。この構えが、学び続ける人の共通点です。
たとえば
討論で相手の指摘に「たしかに、その点は私が間違っていました」と言える人は、負けたのではなく、その場で一番学んでいる。
提唱・研究
社会心理学・ポジティブ心理学の近年の研究群(リアリーなど)

問いあなたが最近「自分が間違っていた」と認めたのはいつ? そのとき何を得た?

ダニング=クルーガー効果を表すイラスト
No.042

ダニング=クルーガー効果

だにんぐくるーがーこうか | Dunning–Kruger effect

智の光
ひとことで
能力の低い人ほど自分を過大評価する。知らないことは、知らないことすら分からない。
どういう力か
ダニングとクルーガーの実験では、テストの成績が下位の人ほど「自分は平均以上にできた」と自己評価し、上位の人はむしろ控えめに評価しました。なぜこんなことが起きるのか。それは、自分の間違いに気づくには、正解を見分ける能力そのものが必要だからです。つまり未熟なうちは、自分の未熟さを測るものさし自体を持っていないのです。誰にでも起こることで、新しい分野を少しかじったときが最も危険です。「完全に理解した」と感じる山を越え、学ぶほどに「何も分かっていなかった」と谷に落ち、そこから本当の学びが始まる――この曲線は多くの学び手が経験します。対になる知恵が「知的謙虚さ」。自信満々の自分に気づいたときこそ、「まだ知らないことがあるのでは?」と自問する価値があります。
たとえば
プログラミングを3日学んで「アプリなんて簡単に作れる」と思い、3か月学んで「自分は何も分かっていなかった」と気づく。
提唱・研究
デイヴィッド・ダニング&ジャスティン・クルーガー(1999年)

問いあなたが今「完全に理解した」と感じている分野は? それは山の頂上? それとも最初の丘?

システム1とシステム2を表すイラスト
No.043

システム1とシステム2

しすてむわんとしすてむつー | System 1 / System 2 (Dual process theory)

智の光
ひとことで
人間の頭には、直感的で速い思考と、論理的で遅い思考の2つのモードがある。
どういう力か
「バットとボールは合わせて1100円。バットはボールより1000円高い。ボールはいくら?」――多くの人が「100円」と即答しますが、正解は50円です。カーネマンは、人間の思考には2つのシステムがあると説明しました。システム1は速く、自動的で、直感的。日常の判断のほとんどを担いますが、思い込みやバイアスの温床でもあります。システム2は遅く、努力を要する論理的思考。ただし怠け者で、システム1の答えをつい追認してしまいます。大事なのは、システム1を悪者にしないこと。熟練者の一瞬の判断はシステム1の賜物です。知恵とは、2つのモードの使い分けを知ること。「これは直感で決めてよい場面か、立ち止まって考える場面か」を見極める――それ自体がメタ認知の仕事です。
たとえば
SNSで見出しだけ読んで怒りの引用リツイートをしそうになったら、それはシステム1の暴走。本文を読むのがシステム2の仕事。
提唱・研究
ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー』(2011年、ノーベル経済学賞受賞者)

問いあなたが最近「即断して失敗したこと」と「考えすぎて逃したこと」は? 使い分けの境界線はどこ?

批判的思考を表すイラスト
No.044

批判的思考

ひはんてきしこう | Critical thinking

智の光
ひとことで
疑うためではなく、よりよく考えるために、根拠を吟味する思考法。
どういう力か
批判的思考(クリティカル・シンキング)は「人を批判すること」ではありません。「その主張の根拠は何か」「別の解釈はないか」「自分の考えに偏りはないか」と、立ち止まって吟味する思考の技術です。核となる問いは4つ。「根拠は確かか(誰がいつ言った? データはあるか?)」「論理は飛躍していないか」「前提は妥当か」「自分自身も偏っていないか」。最後の問いが最も難しく、最も重要です。批判的思考は他人の主張を斬る刀ではなく、まず自分の思考に向ける鏡なのです。情報があふれ、もっともらしいデマが拡散する時代、この力は読み書きと同じ「基礎リテラシー」になりました。教育の世界でも、知識の暗記から「問い、吟味する力」の育成へと重心が移りつつあります。
たとえば
「みんな使ってる」という広告文句に、「みんなとは誰? 何人中何人?」と一呼吸おいて考えてみる。
提唱・研究
ジョン・デューイの「反省的思考」を源流に、エニスらが理論化

問いあなたが最近「信じたいから信じた」情報はない? 根拠をさかのぼって確かめるとしたら?

システム思考を表すイラスト
No.045

システム思考

しすてむしこう | Systems thinking

智の光
ひとことで
出来事を単発で見ず、つながりと循環の中で捉える。犯人探しから構造探しへ。
どういう力か
モグラたたきのように、問題を解決してもまた別の問題が出てくる――それは「構造」を見ていないサインです。システム思考は、物事を要素のつながりと循環(フィードバックループ)で捉える見方です。たとえば「宿題が終わらない→夜ふかし→寝不足→授業中うとうと→授業が分からない→宿題に時間がかかる」という悪循環。ここで「もっと頑張れ」と個人を責めても解決しません。ループのどこか一点(例:睡眠時間の確保)を変えることで、循環全体が好転します。センゲの「学習する組織」の中核スキルでもあり、「問題が起きたとき、犯人を探すのではなく構造を探せ」と教えてくれます。人はシステムの中で行動している。人を変える前に、システムを変えよ。組織と社会を賢くする視点の転換です。
たとえば
遅刻を繰り返す部員を叱るより、「朝練の開始時間・通学距離・部の雰囲気」というつながりを見直すほうが解決に近づく。
提唱・研究
ジェイ・フォレスター(MIT)/ドネラ・メドウズ/ピーター・センゲ

問いあなたのまわりの「何度も繰り返される問題」の裏に、どんな悪循環のループが隠れている?

ネガティブ・ケイパビリティを表すイラスト
No.046

ネガティブ・ケイパビリティ

ねがてぃぶ・けいぱびりてぃ | Negative capability

智の光
ひとことで
答えの出ない状態を、急いで結論に飛びつかずに持ちこたえる力。
どういう力か
詩人キーツが弟への手紙に書いた言葉です。「事実や理由を性急に求めず、不確かさや疑いの中に留まっていられる能力」。現代では精神科医ビオンが治療者の姿勢として再発見し、日本では作家で精神科医の帚木蓬生が広めました。私たちの脳は宙ぶらりんが苦手で、分からないことにすぐ答えを与えたがります。しかし、人の悩みや組織の複雑な問題は、早わかりした瞬間に大事なものがこぼれ落ちます。「要するにこういうことでしょ」とまとめられて、分かってもらえなかった経験はないでしょうか。問題解決能力(ポジティブ・ケイパビリティ)が「答えを出す力」なら、これは「問いと共に居続ける力」。正解のない時代のリーダー、支援者、そして友人に必要な、静かで深い知性です。
たとえば
友達の深刻な相談に、すぐアドバイスせず「そうか…それはしんどいね」と一緒に分からなさの中に居てあげる。
提唱・研究
ジョン・キーツ(1817年)/ウィルフレッド・ビオン/帚木蓬生

問いあなたは「まだ結論を出さないでおく」ことに、どれくらい耐えられる? 急いで答えを出して失敗した経験は?

成人発達理論を表すイラスト
No.047

成人発達理論

せいじんはったつりろん | Adult development theory

智の光
ひとことで
心の成長は大人になっても終わらない。知性は生涯、段階的に発達し続ける。
どういう力か
身長の成長は止まっても、心の器は生涯成長し続ける――キーガンはそう主張しました。彼によれば、大人の知性(意味構築の仕方)には段階があります。周囲の期待に応えることで自分を定義する「環境順応型」(他者に「作られる」自分)。自分なりの価値観と判断軸を確立した「自己主導型」(自分を「自分で書く」)。そして自分の価値観すら相対化し、矛盾や他者の枠組みを受け入れて学び続ける「自己変容型」。重要なのは、上の段階ほど偉いという話ではなく、発達には「ちょうどよい挑戦と支え」が必要だということです。今の自分の枠組みでは対処できない経験に出会い、支えられながらもがくとき、器は広がります。「あの人は変わらない」ではなく「人は生涯発達の途中にある」。人間観をやさしくする理論です。
たとえば
「親や先生がどう思うか」で進路を選んでいた人が、「自分は何を大事にしたいか」で選べるようになるのは、心の器の成長。
提唱・研究
ロバート・キーガン(ハーバード大学教育大学院)

問いあなたの判断軸は今、「みんなの期待」と「自分の価値観」のどちらでできている?

レジリエンスを表すイラスト
No.048

レジリエンス

れじりえんす | Resilience

智の光
ひとことで
折れない強さではなく、しなって戻る力。逆境から回復する心の弾力性。
どういう力か
レジリエンスは「竹のしなやかさ」にたとえられます。強風に折れる硬い木ではなく、しなって、また立ち上がる竹。心理学では、逆境やストレスに直面しても回復し、時にはそれを糧に成長する力を指します。研究の出発点は、過酷な環境で育ちながら健やかに成長した子どもたちの調査でした。彼らに共通していたのは、特別な強さではなく、「一人でも信頼できる大人がいたこと」。つまりレジリエンスは個人の根性ではなく、つながりや環境に支えられた力なのです。回復を支える要素としては、安心できる関係、自己効力感、感情調整のスキル、意味づけの力(この経験から何を学ぶか)などが知られています。「へこまない人」になる必要はありません。「へこんでも、戻ってこられる人」を支え合うのが、賢い個人と組織です。
たとえば
大失敗した先輩が「あれがあったから今がある」と語れるのは、時間と仲間の支えの中で意味づけをやり直せたから。
提唱・研究
エミー・ワーナーの縦断研究などから発展

問いあなたが過去にへこみから戻ってこられたとき、何が(誰が)支えになっていた?

セルフ・コンパッションを表すイラスト
No.049

セルフ・コンパッション

せるふ・こんぱっしょん | Self-compassion

智の光
ひとことで
失敗した自分を、親友に接するのと同じやさしさで扱う技術。
どういう力か
失敗したとき、頭の中でどんな声が響きますか。「なんてダメなんだ」と責める声なら、それは大切な友人には決して使わない言葉のはずです。ネフが提唱したセルフ・コンパッションは、自分への思いやりを3つの要素で説明します。「自分へのやさしさ(責める代わりにいたわる)」「共通の人間性(失敗するのは自分だけではない、人間だからだと思い出す)」「マインドフルネス(感情を無視も誇張もせず、あるがまま認める)」。甘やかしとは違います。研究によれば、自分を責める人より、セルフ・コンパッションが高い人のほうが、失敗から立ち直りが早く、再挑戦する率も高いのです。恐怖で自分を動かすガソリンは、燃費が悪い。自分へのやさしさは、挑戦を続けるための持続可能な燃料なのです。
たとえば
テストで失敗した親友にかける言葉を紙に書き、それをそのまま自分に言ってみる。
提唱・研究
クリスティン・ネフ(テキサス大学、2003年)

問いあなたが自分にかけている言葉は、親友にもかけられる言葉?

ウェルビーイングとPERMAを表すイラスト
No.050

ウェルビーイングとPERMA

うぇるびーいんぐとぱーま | Well-being / PERMA model

智の光
ひとことで
幸せは気分ではなく、5つの要素からできた「持続的に良く生きる状態」。
どういう力か
心理学は長いあいだ「心の病」を研究してきましたが、セリグマンは問いを反転させました。「人が生き生きと花開く(フラリッシュする)条件は何か?」。その答えがPERMAモデルです。Positive emotion(ポジティブ感情:喜びや感謝)、Engagement(没頭:フローの経験)、Relationships(関係性:支え合うつながり)、Meaning(意味:自分より大きな何かへの貢献)、Accomplishment(達成:やり遂げる経験)。この5つは、快楽のような一時的な幸せと違い、育てることのできる幸福の資産です。注目すべきは、5つのうち多くが「他者との関わり」や「打ち込める活動」に関係していること。幸せは追いかけて捕まえるものではなく、良い活動と良い関係の副産物として育つ――この図鑑の効力感・組織・知性の知恵すべてが、最終的にここへ合流します。
たとえば
「楽しかった日」を思い出すと、ごろごろした日より、仲間と何かに打ち込んでやり遂げた日のほうが記憶に残っている。
提唱・研究
マーティン・セリグマン(ポジティブ心理学の創始者、2011年)

問いあなたのPERMAの5要素、いま一番満たされているのは? 次の1週間で1つ育てるなら、どれ?

第四章

逆引き ─ こんなときに、効く知恵

くらしや職場で出会う「もやもや」から、育てたい知恵を引ける。答えではなく、次の一歩を探すために。

こんなとき手がかりになる知恵次の一歩
新しい挑戦に、気後れする 自己効力感・成長マインドセット・希望理論 小さな成功を一つ積む。うまくいっている人を、まず観察する
チームで本音が出ない 心理的安全性・フォロワーシップ 失敗を責めない手順を、場に先に組み込む
会議が、同調で流れていく 集団思考・傍観者効果・批判的思考 反対役を意図的に置く。「誰が」でなく「何が」を問う
変化に、心が折れそう レジリエンス・セルフ・コンパッション・心理的資本 自分を責めず、回復にかかる時間を待つ
経験を重ねても、伸び悩む メタ認知・アンラーニング・ダブルループ学習 いちど学びをほどき、前提そのものをふりかえる
分かった気になって、間違える 知的謙虚さ・ダニング=クルーガー効果・ネガティブ・ケイパビリティ 「まだ知らない」を出発点にする。結論を、少し保留する

知恵は、貯めこむものではなく、使うもの。

名前を知っただけでは、力は育たない。育つのは、実際に安心して話し、ふりかえり、試してみる場の中でだ。その練習の場を、この工房は用意しています。

・本音を出す筋肉を鍛えるなら → デモクラシーフィットネス
・古い脳のつまずきと対にして読むなら → ホモ・サピエンスの苦手図鑑
・話し合いの技法から学ぶなら → 世界の対話の技法図鑑へ
出典・参考(主なもの)

アルバート・バンデューラ(自己効力感)/キャロル・ドゥエック(成長マインドセット)/マーティン・セリグマン(学習性無力感・楽観・PERMA)/アンジェラ・ダックワース(グリット)/リチャード・ライアン、エドワード・デシ(自己決定理論)/エイミー・エドモンドソン(心理的安全性)/ジェームズ・スロウィッキー(集合知)/ピーター・センゲ『学習する組織』/クリス・アージリス、ドナルド・ショーン(ダブルループ学習)/野中郁次郎(SECIモデル)/ロバート・パットナム(ソーシャル・キャピタル)/ハワード・ガードナー(多重知能)/ダニエル・ゴールマン(EQ)/ロバート・スタンバーグ(実践知・知恵)/ダニエル・カーネマン(システム1と2)/ウィルフレッド・ビオン、キーツ(ネガティブ・ケイパビリティ)/ロバート・キーガン(成人発達理論)/バーバラ・フレドリクソン、クリスティン・ネフ(セルフ・コンパッション)ほか。各カードの記述は公開情報をもとに、きづきくみたて工房が要約・再構成したものです。