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世界の成功と失敗事例集
No.002【組織】

研修の成功と失敗

─ 行動が変わった研修と、感想文で終わった研修

机をはさんで対話するふたりと、足元で二股に分かれる金色の道のイラスト

満足度アンケートは、どちらも高得点でした。それでも半年後、片方の職場では行動が変わり、もう片方では何も変わりませんでした。講師の腕でも、教材の質でもありません。分けたのは、研修が始まる前と終わった後の設計です。

分岐点:研修の前後を設計したか、当日だけを設計したか

この事例の要点をA4一枚にまとめた、社内検討用の要約版(PDF)です。稟議書・企画書・会議資料への添付に、そのままお使いいただけます(無料・登録不要)。

社内検討用に要約版をダウンロード(PDF・A4一枚) 出典表記のままご利用ください(CC BY-NC-SA 4.0)
01

光景 ─ ふたつの航路

成功の航路

「転移」を設計した研修

上司と部下が机をはさんで話し、金の糸が遠くの職場へつながるイラスト

研修で学んだことが現場で使われることを、研究の言葉で「研修転移(transfer of training)」と呼びます。転移の実証研究は1988年のボールドウィンとフォードのレビュー以来積み重ねられ、いま分かっているのは、転移を左右するのは当日の出来栄えよりも、前後の環境だということです。とりわけ、上司の関与が効きます。

転移する研修は、始まる前から始まっています。受講者は事前に上司と「現場の何を変えるために行くのか」をすり合わせ、自分の部署の実課題を持ち込みます。研修の中では、その実課題を教材にして演習します。

そして、終わった後が本番です。翌週には上司と実践計画を確認し、30日後には実践の報告会。人事は満足度ではなく、行動が変わったか(カークパトリックの4段階評価のレベル3)を追いかけます。数字が残るので、翌年度の予算査定でも「効果を説明できる研修」として残ります。

根拠:Baldwin & Ford (1988) の研修転移レビュー、Kirkpatrick の4段階評価モデル、中原淳ほか『研修開発入門「研修転移」の理論と実践』(2018年・国内企業の公知事例を収録)

失敗の航路

感想文で終わった一日研修(典型パターン)

灰色の机の列で受講者が黙ってスクリーンに向かい、金の糸が途切れるイラスト

ある会社の階層別研修。外部から評判のよい講師を招き、内容も演習も盛りだくさんの一日でした。終了後の満足度アンケートは5点満点の4.5。「明日から実践します」「目からうろこでした」──感想欄は前向きな言葉で埋まりました。

翌朝、受講者を待っていたのは、留守にした一日分のメールと通常業務です。上司は、部下がどんな研修を受けたのか知りません。聞かれもしないので、話す機会もありません。学んだ手法を試そうにも、職場のやり方は昨日までと同じです。

3ヶ月後、行動は完全に元通りになりました。翌年度の予算会議で経営陣に問われます。「あの研修、効果はあったの?」。人事が出せるのは満足度4.5という数字だけ。「満足度が高いのは分かった。で、何が変わったの?」──研修予算は、翌年度から削られました。

※ この失敗事例は、実在する特定の団体・個人を描いたものではなく、複数の実例をもとに再構成した「典型パターン」です(編集方針:読む前の、三つの約束)。

02

分岐点

研修の前後を設計したか、
当日だけを設計したか。

ふたつの研修は、当日の中身がほぼ同じでも成立します。分岐点は、当日の外側にあります。研修評価の定番であるカークパトリックの4段階(反応・学習・行動・成果)でいえば、感想文はレベル1(反応)です。多くの研修がレベル2(学習)まででとまり、レベル3(行動)の壁を越えられません。壁を越えさせるのは講師の熱演ではなく、事前の上司の巻き込み・実課題の持ち込み・事後のフォローという、地味な前後の設計です。

皮肉なことに、前後の設計にかかる費用は、研修当日の費用よりずっと小さいのが普通です。いちばん安い部分を省いたために、いちばん高い部分(当日)がまるごと働かなくなる──これが「感想文で終わる研修」の構造です。

03

逆引き ─ 働いていた苦手と、効いた知恵

働いていた苦手ホモ・サピエンスの苦手図鑑

  • No.003 現状維持バイアス現場は放っておけば「いつもどおり」に戻ります。意志の弱さではなく、仕様です。だから、戻らない仕組みを先に組みます。
  • No.012 権威勾配上司が関心を示さないことは、部下には「使わなくていい」というメッセージとして届きます。逆に、上司のひとことは最強の転移装置です。
  • No.001 現在バイアス研修の学びは未来の利益、目の前のメールは今の用事。放っておけば、今がいつも勝ちます。

効いた知恵→ 知恵の図鑑たち

  • 転移の設計(勝負は前後)研修の費用対効果は前後の設計で決まります。投資としての教育の考え方は教育の費用対効果図鑑へ。
  • 思い出す練習・間隔をあけた実践30日後の報告会は、記憶科学でいう検索練習と間隔反復の実装です。学びと成長の法則図鑑へ。
  • 行動で測る(レベル3)測るものが変われば、設計が変わります。満足度ではなく行動を測ると決めた瞬間から、前後の設計が始まります。

この事例の要点をA4一枚にまとめた、社内検討用の要約版(PDF)です。稟議書・企画書・会議資料への添付に、そのままお使いいただけます(無料・登録不要)。

社内検討用に要約版をダウンロード(PDF・A4一枚) 出典表記のままご利用ください(CC BY-NC-SA 4.0)
04

処方箋の入口 ─ 同じ分岐点に立つ人へ

  1. 次の研修で、受講者の上司は「部下が何を学びに行くか」を知っているでしょうか。事前に一往復の会話を仕込めないでしょうか。
  2. 研修の30日後に「何かが起きる」設計になっているでしょうか。何も起きない設計なら、行動は元に戻ります。
  3. 経営陣に問われたとき、満足度以外に出せる数字はあるでしょうか。「行動が変わったか」を、誰が、いつ確かめますか。

研修を「当日のイベント」から「行動が変わる仕組み」へ組み替える設計を、教育担当者と一緒に行っています。

研修設計プログラムを見る
出典・参考(クリックで開く)

Baldwin, T. T. & Ford, J. K. (1988). Transfer of training: A review and directions for future research. Personnel Psychology, 41(1)./Kirkpatrick, D. L. Evaluating Training Programs(4段階評価モデル)/中原淳・島村公俊・鈴木英智佳・関根雅泰『研修開発入門「研修転移」の理論と実践』ダイヤモンド社(2018年)。
成功の航路は、これらの研究・書籍が示す転移設計の型を描いたものです。失敗事例は、複数の実例をもとに再構成した匿名の典型パターンです。シリーズの編集方針はハブページ「読む前の、三つの約束」をご覧ください。テキストは CC BY-NC-SA 4.0 で公開しています。