Home
ストア
世界の成功と失敗事例集
No.007【組織】

評価制度の改訂

─ 対話とセットで変えた会社と、制度だけ差し替えた会社

机をはさんで向き合うふたりと一枚の紙、足元で金色の道が二股に分かれるイラスト

どちらの会社も、古い評価制度に限界を感じて改訂に踏み切りました。それでも数年後、片方の会社では評価が育成の対話に生まれ変わり、もう片方では不満と不信だけが新しくなりました。分けたのは選んだ制度の様式ではなく、評価を「何のためのもの」と定義し直したか、そして評価者への投資です。

分岐点:評価を育成の対話につくり替えたか、点のつけ方だけ替えたか
01

光景 ─ ふたつの航路

成功の航路

年次評価をやめて、対話に置き換えた(アドビ)

机をはさんで穏やかに話す上司と部下のあいだから金色の糸がのぼるイラスト

2012年、アドビは年に1回の格付け評価(レイティング)を廃止しました。当時のやり方では、マネジャー約2,000人が評価作業に全社で年間約8万時間を費やしていました。1年前の仕事を思い出して順位をつける作業に、これだけの時間が消えていたのです。

置き換えたのは、上司と部下が年間を通じて高頻度で行う対話「チェックイン」です。期待のすり合わせ、フィードバック、成長の相談を、四半期を待たずにその都度行います。重要なのは、この制度が人事の思いつきではなく、マネジャーたちから集めた声をもとに設計されたことです。評価は「格付けの儀式」から「育成の対話」へ定義し直されました。

効果は数字にも表れます。評価作業に消えていた時間(のちの試算では年間10万時間超)は対話へ振り替えられ、社内調査では「勤め先として人に勧める」という回答が10ポイント上昇、自発的な離職は過去最低の水準になったと報告されています。2016年にはGEも、業績×価値観で人材を9マスに格付けする「9ブロック」を廃止し、高頻度のフィードバックへ移行しました。評価の目的を「能力開発」へ再定義した点が、両社に共通しています。

出典:アドビ公式ブログ(Check-in導入の自社報告)、HR NOTEほかの取材記事、HITO-Link「GEが9ブロックを廃止した理由」インタビュー

失敗の航路

制度だけ差し替えた改訂(典型パターン)

灰青色の机で書類の山に向かうひとりと、途中で途切れる金の糸のイラスト

「評価に納得感がない」という声を受け、人事は新制度の設計に半年をかけました。他社の最新事例を研究し、精緻な等級定義と評価シートができあがります。全社説明会を開き、翌期から一斉に切り替えました。

マネジャーに配られたのは、評価分布の目安と提出締切だけでした。面談の進め方やフィードバックの訓練はありません。相対分布に合わせるため、上司は部下に「制度がそうなっているから」と説明します。その瞬間、部下は制度と上司の両方への信頼を失いました。目標は低く書くほど達成しやすいので、翌期から現場の目標は静かに慎ましくなっていきます。

3年後、「新制度にも納得感がない」という調査結果を受けて、次の改訂プロジェクトが立ち上がりました。「また変わるらしいよ」──現場はもう驚きません。制度は3代目になりましたが、上司と部下の対話は、初代のころから一度も変わっていません。

アデコの調査(2018年)では、働き手の62.3%が人事評価制度に不満を持ち、理由の1位は「評価基準が不明確」(62.8%)でした。いっぽう評価する側の77.8%は自分の評価を「適切」と考えており、評価する側とされる側の認識は大きくずれています。カオナビHRテクノロジー総研の調査(2019年)でも、評価に「満足」と答えた働き手は2割弱にとどまりました。

※ この失敗事例は、実在する特定の団体・個人を描いたものではなく、複数の実例をもとに再構成した「典型パターン」です(編集方針:読む前の、三つの約束)。

02

分岐点

評価を育成の対話につくり替えたか、
点のつけ方だけ替えたか。

レイティングの有無、相対か絶対か、年1回か四半期か──制度の様式は、実は分岐点ではありません。アドビの改訂が機能したのは、様式を変える前に評価の目的を「報酬の分配装置」から「育成の対話」へ定義し直し、その対話を担うマネジャーの声と力量に投資したからです。様式だけを輸入すると、旧制度の問題(納得感のなさ)の上に、新制度の問題(不慣れな運用)が積み重なります。評価制度は、それを運用する対話の力までを含めてはじめて「制度」です。

理論の側にも、ふたつの但し書きがあります。ロックとレイサム(エドウィン・ロック/ゲイリー・レイサム。目標設定理論の提唱者)は「具体的で挑戦的な目標」が成果を生むことを示しましたが、目標の達成度が報酬に直結すると、人は目標そのものを低く申告するようになります。またデシ(エドワード・デシ/ロチェスター大学教授。内発的動機づけ研究の第一人者)は、報酬で釣るほど仕事そのものへの意欲が痩せる場合があることを実験で示しました。評価制度は、この人類共通の仕様の上に設計する必要があります。

03

逆引き ─ 働いていた苦手と、効いた知恵

働いていた苦手ホモ・サピエンスの苦手図鑑

  • No.008 ゼロサム直感相対評価の分布枠は、同僚を「枠の取り合い相手」に見せます。協力が消えるのは、性格ではなく制度が呼び出した仕様です。
  • No.002 損失回避評価が下がる痛みは、上がる喜びより大きく感じられます。目標が静かに低くなるのは、怠慢ではなく防衛の仕様です。
  • No.009 地位への敏感さレイティングは本人には序列表として読まれます。Bの理由を説明する前に、Bという記号が先に刺さります。

効いた知恵→ 知恵の図鑑たち

  • 目標と報酬を近づけすぎない挑戦的な目標は評価と切り離してこそ機能します(ロックとレイサムの目標設定理論の但し書き)。
  • 頻度がつくる納得年1回の面談の納得感は、日々の対話の残高で決まります。対話の場の設計は1on1の成功と失敗の図鑑へ。
  • 内発的な意欲を痩せさせない自律性・有能感・関係性が意欲の土台(デシらの自己決定理論)。ホモ・サピエンスの知恵図鑑へ。
04

処方箋の入口 ─ 同じ分岐点に立つ人へ

  1. いま検討中の改訂は、「何点をつけるか」の議論と「誰が、どんな対話をするか」の議論、どちらに時間を使っているでしょうか。時間配分が、その制度の未来を予言します。
  2. 評価者になるマネジャーに、フィードバックと面談の訓練は用意されているでしょうか。制度の説明会は、訓練ではありません。
  3. 本人が「なぜこの評価・この処遇なのか」を説明されて、納得できる透明さはあるでしょうか。納得は結果の高低ではなく、過程の見え方から生まれます。

評価制度の改訂を「様式の差し替え」で終わらせない、対話とセットの制度づくりを支援しています。

組織開発プログラムを見る

この事例の要点をA4一枚にまとめた要約版(PDF)もあります:社内検討用にダウンロード無料・登録不要/出典表記のままご利用ください(CC BY-NC-SA 4.0)

出典・参考(クリックで開く)

アドビ公式ブログ(Check-in制度の自社報告・2017年)/HR NOTE「人事評価制度『Check-in』とは」/HITO-Link「GEが9ブロックを廃止した理由」/アデコ「人事評価制度に関する意識調査」(2018年)/カオナビHRテクノロジー総研「人事評価に関する調査」(2019年)/高橋伸夫『虚妄の成果主義』日経BP(2004年)/エドウィン・ロック&ゲイリー・レイサムの目標設定理論、エドワード・デシ『人を伸ばす力』新曜社。
成功の航路は公開情報にもとづく実名事例です。失敗事例は、複数の実例(1990年代以降の成果主義導入の教訓を含む)をもとに再構成した匿名の典型パターンです。シリーズの編集方針はハブページ「読む前の、三つの約束」をご覧ください。テキストは CC BY-NC-SA 4.0 で公開しています。