Home
ストア
世界の成功と失敗事例集
No.006【組織】

パーパス経営と風土改革

─ 仕組みまで変えた会社と、言葉だけ替えた会社

長く続く金色の道の分岐点に立つ人々と、道の先の小さな街並みのイラスト

どちらの会社も、美しいパーパスを発表しました。それでも数年後、片方の会社では社員が自ら手を挙げて動く風土が育ち、もう片方ではパーパスがメールの署名にだけ残りました。分けたのは言葉の美しさではなく、意思決定の仕組みに手を入れたかどうか、そして何年待てたかです。

分岐点:意思決定の仕組みまで変えたか、掲げる言葉だけ替えたか
01

光景 ─ ふたつの航路

成功の航路

対話と手挙げで風土を変えた小売(丸井グループ)

手を挙げる人々と、その手から金色の糸が遠くの街へつながっていくイラスト

2005年に丸井グループの社長に就任した青井浩さんが着手したのは、派手な改革宣言ではなく、企業理念の明文化と、理念をテーマにした対話の場を地道に積み重ねることでした。この対話は、やがてほぼすべての社員が一度は経験するところまで続けられます。

並行して、中期経営会議やプロジェクト・研修への参加を、指名制から「手挙げ制」(自主参加)へ転換しました。自ら手を挙げて参画した社員の割合は85%の水準に達し、同社はこの「手挙げ率」を毎年数えて開示しています。風土の変化は、社員意識調査の10年比較にも表れました。仕事に「期待」を感じる社員は46%から80%へ、職場で「尊重されている」と感じる社員は28%から66%へ(2012年→2022年)。新入社員の3年以内離職率は20%から11%へ下がりました。ここまで、およそ15年がかりです。

個人と会社のパーパスを重ねる型もあります。SOMPOホールディングスは2021年度から、社員一人ひとりが自分の人生の意義「MYパーパス」を言語化し、上司との1on1で会社のパーパスと重ね合わせる取り組みを開始。管理職向けの1on1研修を約2,800人が受講しました(2022年12月時点)。共通するのは、パーパスを「掲げるもの」ではなく「一人ひとりの参加と対話の仕組み」として実装している点です。

出典:丸井グループ「人的資本経営」開示資料、リクルートワークス研究所「自主性豊かな組織風土を支える『対話の文化』と『手挙げの文化』」、SOMPOホールディングス統合レポート・消費者庁講演資料(2023年)

失敗の航路

ポスターで終わった風土改革(典型パターン)

灰青色のポスターが貼られた壁の前を誰も足を止めずに歩き、金の糸が途切れるイラスト

新しいパーパスの発表イベントは盛大でした。ブランドムービー、ポスター、ノベルティ。「風土改革委員会」が発足し、公募で選ばれたスローガンがオフィスの壁に掲げられました。初年度のアンケートでは「社内に一体感が生まれた」という声が並び、経営会議は手応えを確認しました。

けれども、投資の判断基準も、会議の進め方も、評価の項目も、昇進の顔ぶれも、何ひとつ変わりませんでした。委員会は通常業務の合間の持ち回りになり、半年で議題が尽きます。パーパスを理由に何かを「やめた」ことは、一度もありません。

2年目、発表イベントの熱を「変わった証拠」と数えた早すぎる勝利宣言のあとで、現場の語彙からパーパスは静かに消えました。残ったのはメールの署名と、次の改革への既視感です。

朝日広告社の調査(2022〜2023年)では、国内企業のパーパスの社内浸透率は3割強にとどまり、自社にパーパスがあるかどうか「わからない」と答えた人が約4割にのぼりました。日経BPコンサルティングの調査(2023年)でも、勤務先がパーパスを明文化していると認識している日本の働き手は18.6%。掲げることと届くことのあいだには、大きな溝があります。

※ この失敗事例は、実在する特定の団体・個人を描いたものではなく、複数の実例をもとに再構成した「典型パターン」です(編集方針:読む前の、三つの約束)。

02

分岐点

意思決定の仕組みまで変えたか、
掲げる言葉だけ替えたか。

コッター(ジョン・コッター/ハーバード大学名誉教授。組織変革研究の第一人者)は、変革が失敗する典型のひとつに「早すぎる勝利宣言」を挙げました。風土は発表イベントの熱では変わりません。誰が会議に参加できるか、何にお金を使うか、何が評価されるか──意思決定の回路が変わったときに、ゆっくり変わります。丸井グループが手挙げ率という地味な数字を15年数え続けたのは、風土の変化を「宣言」ではなく「観測」で確かめるためでした。

なお、「変革の7割は失敗する」という有名な数字があります。よく引用されますが、ヒューズ(マーク・ヒューズ/ブライトン大学)の検証(2011年)は、この数字を支える確かな実証は見当たらないと結論しています。7割かどうかは、実は分かりません。分かっているのは、言葉の掲げ替えだけで風土が変わった例を、調査データが支持していないことです。

03

逆引き ─ 働いていた苦手と、効いた知恵

働いていた苦手ホモ・サピエンスの苦手図鑑

  • No.003 現状維持バイアス仕組みが同じなら、行動は同じところへ戻ります。ポスターは仕組みではありません。
  • No.009 地位への敏感さ風土改革は、いまの序列と力学に必ず触れます。抵抗が生まれるのは人格の問題ではなく、地位をめぐる人類共通の仕様です。
  • No.011 多元的無知「冷めているのは自分だけかもしれない」と全員が思っているあいだ、掲げただけのパーパスは安泰です。誰かが測るまで。

効いた知恵→ 知恵の図鑑たち

  • 勝利宣言を遅らせる初年度の熱は変化ではなく着火です。コッターの8段階でいえば、定着(第8段階)までが変革です。
  • 手挙げがつくる自律自分で選んだ参加は、指名された参加と別ものです。自己決定が意欲をつくる仕組みはホモ・サピエンスの知恵図鑑へ。
  • 回路で考える風土は個人の意識の集合ではなく、参加・評価・投資のループの出力です。ループの見つけ方はシステム思考図鑑へ。
04

処方箋の入口 ─ 同じ分岐点に立つ人へ

  1. パーパスの発表から今日までに、パーパスを理由に「やめた事業・断った案件・変えた基準」はあるでしょうか。ひとつもなければ、まだ言葉の段階です。
  2. 風土の変化を測る定点観測(意識調査・参加率・手挙げ率)はあるでしょうか。丸井グループは手挙げ率を毎年数えました。測る数字を先に決められないか、考えてみてください。
  3. 10年単位の覚悟はあるでしょうか。1年で「変わらない」と結論を出すのは、種を蒔いた翌週に畑を諦めるのに似ています。小さくても、後戻りしない一歩を積むほうが先へ進みます。

風土を「言葉」ではなく「意思決定の仕組み」から変える組織開発を、経営者・担当者と一緒に設計しています。

組織開発プログラムを見る

この事例の要点をA4一枚にまとめた要約版(PDF)もあります:社内検討用にダウンロード無料・登録不要/出典表記のままご利用ください(CC BY-NC-SA 4.0)

出典・参考(クリックで開く)

丸井グループ「人的資本経営 #2 〜社会課題解決企業への進化〜」(自社開示資料)/リクルートワークス研究所「自主性豊かな組織風土を支える『対話の文化』と『手挙げの文化』――丸井グループ」/SOMPOホールディングス統合レポート2023、消費者庁資料「MYパーパスを活用したSOMPOのパーパス経営」(2023年)/朝日広告社「インナーパーパススコア調査」(2022〜2023年)/日経BPコンサルティング「パーパス共感度調査2023」/ジョン・コッター『企業変革力』日経BP/Hughes, M. (2011). Do 70 Per Cent of All Organizational Change Initiatives Really Fail? Journal of Change Management, 11(4).
成功の航路は公開情報にもとづく実名事例です。失敗事例は、複数の実例をもとに再構成した匿名の典型パターンです。シリーズの編集方針はハブページ「読む前の、三つの約束」をご覧ください。テキストは CC BY-NC-SA 4.0 で公開しています。