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組 世界の成功と失敗事例集
No.009【組織】

目標設定と目標管理

─ 対話の道具にした会社と、提出書類で終わった会社

一枚の紙を指さして語り合うふたりと、足元で二股に分かれる金色の道のイラスト

どちらの会社にも、目標管理の仕組みはありました。それでも片方の会社では目標が一年を通じて会話の真ん中にあり、もう片方では期初に提出された書類が、期末の評価面談まで誰の目にも触れませんでした。分けたのは様式でもツールでもなく、目標が「対話の道具」だったか「提出物」だったかです。

分岐点:目標を対話の道具にしたか、提出する書類にしたか
01

光景 ─ ふたつの航路

成功の航路

目標を全員に公開し、対話でつなぐ(花王、メルカリ)

掲示された紙を前に語り合う人々と、紙から遠くへ伸びる金色の糸のイラスト

花王は2021年、国内全社員の目標管理をOKRへ切り替えました。狙いは様式の流行ではありません。従来のKPI型は「会社が決めた数字を個人に割り振る」型になりがちだった——そこで、社員一人ひとりが「こうありたい」から目標を起こし、上司との対話で会社の方向と重ねる方式に反転させました。目標は社内サイトで全社に公開され、同じキーワードを持つ仲間を部門を越えて探せます。目標が、査定の書類から人と人をつなぐ公開の言葉に変わったのです。

メルカリのOKR運用も、核は期中にあります。四半期ごとの目標を全社員が閲覧でき、週次のチェックインと1on1で進捗を話し続けます。そして重要なことに、達成度をそのまま評価に結びつけていません。人事担当者は「評価や報酬に結びつけると、目標が保守的になりがち」と語っています。達成度は0.7前後が理想——毎回満点なら、それは目標が低すぎるサインとして扱われます。

この型の源流であるドーア(ジョン・ドーア/ベンチャー投資家。『Measure What Matters』著者)も、野心的な目標は6〜7割の達成で成功と数え、採点を報酬と直結させないこと、そして対話・フィードバック・承認(CFR)とセットで運用することを繰り返し説いています。

出典:ニュースイッチ・ITmediaの花王OKR取材記事、花王採用サイト、SmartHR Mag.のメルカリ取材記事、ジョン・ドーア『Measure What Matters』日本経済新聞出版

失敗の航路

提出書類で終わった目標管理(典型パターン)

灰青色の書類の山にしまわれた一枚の紙と、途中で途切れる金の糸のイラスト

期初、締切前日の夜。去年のシートを開いて日付を変え、数字を少しだけ動かして提出ボタンを押す——この会社の目標設定は、毎年この一晩で終わります。上司の承認コメントは「今期も頑張ろう」。これで目標管理の前半戦は完了です。

次にこのシートが開かれるのは、期末の評価面談の直前です。本人も上司も、書いた目標を思い出すところから始めます。達成率は査定に直結するので、来期の目標は今年より少し低めに、確実に達成できる範囲で書かれるようになります。挑戦的な目標を書いた正直者が損をすることを、全員がもう学んでいるからです。

数年後、この会社の目標管理は「全員が書類を出し、全員がほぼ達成する」精巧な儀式になりました。管理の仕組みは完璧に回っています。動いていないのは、目標だけです。

この光景は調査データと一致します。HRBrainの調査(2018年)では、会社員の78.3%が「提出直前に、その場しのぎの目標を立てた経験がある」と回答。目標を日常的に意識している人は35.9%にとどまりました。カオナビの調査(2022年)でも、自分の立てた目標を「ほとんど覚えていない」人が約27%、目標設定のサイクルは年1回が最多です。書類は毎年提出されている——動かしていないだけです。

※ この失敗事例は、実在する特定の団体・個人を描いたものではなく、複数の実例をもとに再構成した「典型パターン」です(編集方針:読む前の、三つの約束)。

02

分岐点

目標を対話の道具にしたか、
提出する書類にしたか。

目標管理(MBO)を提唱したドラッカー(ピーター・ドラッカー/経営学者。マネジメント研究の第一人者)の原語は、Management by Objectives and Self-control——「目標と自己統制によるマネジメント」です。自分で目標を立て、自分で進捗を測り、自分を律する。ところが多くの職場では後半の「自己統制」が抜け落ち、目標の割り振りと達成率の査定だけが残りました。ノルマ管理は、MBOの半分だけを輸入した姿です。

もうひとつの罠は、達成率と査定の直結です。グッドハート(チャールズ・グッドハート/経済学者。元イングランド銀行金融政策委員)の名で知られる法則が予言するとおり、指標が目標になった瞬間、指標は壊れ始めます。達成率で査定されるなら、合理的な社員は達成できる目標を書きます。ロックとレイサム(エドウィン・ロック/ゲイリー・レイサム。目標設定理論の提唱者)が示した「挑戦的な目標こそ成果を生む」という効果は、目標と査定のあいだに距離があってはじめて働きます。花王が目標を「公開の言葉」にし、メルカリが達成度を査定に直結させなかったのは、この二つの罠への設計上の回答でした。

03

逆引き ─ 働いていた苦手と、効いた知恵

働いていた苦手→ ホモ・サピエンスの苦手図鑑

  • No.001 現在バイアス期初の目標は遠い未来、今日の締切は目の前。仕組みで思い出させなければ、目標は一年間ずっと「あとで」のままです。
  • No.002 損失回避未達の痛みは達成の喜びより大きい。達成率で査定される限り、目標が低くなるのは防衛の仕様です。
  • No.012 権威勾配上から割り振られた数字には、無理があっても異を唱えにくいもの。沈黙のまま引き受けられた目標は、期中に誰も触りたがりません。

効いた知恵→ 知恵の図鑑たち

  • 自己統制を返す自分で立てた目標だけが、自分を動かします。自己決定と動機づけの仕組みはホモ・サピエンスの知恵図鑑へ。
  • 期中の対話に埋め込む目標は書いた日ではなく、話題にのぼった回数だけ働きます。週次の対話の設計は1on1の成功と失敗の図鑑へ。
  • 野心と査定を切り離す達成度0.7を「理想」と呼べる仕組みが、挑戦的な目標を守ります(ドーアのOKR)。評価側の設計はNo.007 評価制度の改訂へ。
04

処方箋の入口 ─ 同じ分岐点に立つ人へ

  1. あなたのチームで、目標が最後に「会話」に登場したのはいつでしょうか。期初と期末の2回だけなら、それは目標管理ではなく提出物管理です。
  2. 達成率は査定にどのくらい直結しているでしょうか。直結が強いほど、来期の目標は静かに低くなります。野心的な目標を守る「査定との距離」を設計できないでしょうか。
  3. 目標は、割り振られたものでしょうか、本人が起こしたものでしょうか。まず次の期、書き出しを「会社の数字」ではなく「本人のこうありたい」から始めてみてください。

目標を「提出物」から「対話の道具」へ。期中に目標が動き続ける1on1と対話の設計を支援しています。

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この事例の要点をA4一枚にまとめた要約版(PDF)もあります:社内検討用にダウンロード無料・登録不要/出典表記のままご利用ください(CC BY-NC-SA 4.0)

出典・参考(クリックで開く)

ニュースイッチ「人事評価に『OKR』を導入した花王、執行役員が明かす成果」/ITmedia ビジネスオンライン「花王に聞く、目標管理『OKR』の運用方法」(2021年)/SmartHR Mag.「OKRの成功事例。"あえて"報酬と紐づけない目標設定」(メルカリ)/ジョン・ドーア『Measure What Matters』日本経済新聞出版/HRBrain「目標管理の実態調査」(2018年)/カオナビ タレントインテリジェンス総研「目標管理(MBO)の実態調査」(2022年)/ピーター・ドラッカー『現代の経営』(1954年)。
成功の航路は公開情報にもとづく実名事例です。失敗事例は、複数の実例をもとに再構成した匿名の典型パターンです。シリーズの編集方針はハブページ「読む前の、三つの約束」をご覧ください。テキストは CC BY-NC-SA 4.0 で公開しています。