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組 世界の成功と失敗事例集
No.010【組織】

おもしろ人事制度

─ 思想から生まれた制度と、話題づくりで終わった制度

小さな旗の立つ庭で思い思いに過ごす人々と、足元で二股に分かれる金色の道のイラスト

どちらの会社にも、名前のついたユニークな制度がありました。片方の会社では制度が働き方を実際に変え、採用と定着の力になりました。もう片方では、プレスリリースが話題になったあと、使う人のいない制度が規程集の中で眠り続けました。分けたのは制度のおもしろさではなく、制度の根に自社の思想があったかどうかです。

分岐点:制度を自社の思想から育てたか、他社の話題から借りたか
01

光景 ─ ふたつの航路

成功の航路

思想の数だけ制度が生えた会社(サイボウズ、カヤック)

一本の木から伸びた枝に小さな旗がいくつも実り、金色の糸が人々へつながるイラスト

サイボウズの離職率は、2005年頃には28%に達していました。そこからの改革で生まれたのが「100人いれば、100通りの働き方があってよい」という方針です。働き方を選べる選択型人事制度(2007年)、退職しても最長6年間は戻れる「育自分休暇」(2012年)、副業の許可(同年)——ユニークに見える制度の一つひとつは、話題づくりではなく「チームワークあふれる会社をつくる」という理念からの演繹でした。離職率はやがて4%前後まで下がります。青野慶久さんは、制度だけでは機能しないことを繰り返し語っています。制度・ツール・風土の3点セット——質問する責任と説明する責任を全員が負う風土があって、はじめて自由な制度は回るのだと。

面白法人カヤックの「サイコロ給」(毎月サイコロを振って月給×出目%を上乗せ)は、ふざけているようで、「人が人を評価するのは、しょせん完全ではない。人の評価を気にしすぎず面白く働いてほしい」という思想の表現です。注目すべきは、同社が「スベった制度」も公開していることです。続かなかった制度の教訓から、続く制度の条件を「参加のハードルが低い・運用がシンプル・文化に合う」と言語化しています。

出典:サイボウズ公式「ワークスタイル」(離職率28%→4%)、青野慶久『チームのことだけ、考えた。』ダイヤモンド社(2015年)、カヤック公式「サイコロ給とスマイル給」、スタジオパーソル「『失敗する人事制度』のパターンとは?」(カヤック取材)

失敗の航路

話題づくりで終わった制度(典型パターン)

灰青色の棚に飾られた小さな旗と、床で途切れる金の糸のイラスト

採用に苦戦していたある会社。「話題の制度で会社の名前を知ってもらおう」と、他社事例を集めて、ユニークな名前の特別休暇と手当がいくつも作られました。プレスリリースは狙いどおり話題になり、採用サイトの制度一覧は華やかになりました。

1年後、人事が集計すると、目玉だった休暇の取得者はほぼゼロでした。理由は誰もが知っています。上司が使っていないからです。評価は今までどおり残業も辞さない働き方に報いており、休暇を最初に取る人になる勇気は、若手にはありません。「いい制度ですよね。使えないけど」——それが現場の相場観でした。

制度は増え続けたので、管理コストと規程集だけが厚くなりました。面接で制度に惹かれて入った新人は、入社後に「実際は使えない」と知ってがっかりする——採用のために作った制度が、定着のいちばんの敵になりました。数年後、使われない制度は静かに整理されました。

使われない制度は珍しくありません。労働政策研究・研修機構の調査(2017年)では、社員食堂など日常型の福利厚生の利用率が5割を超える一方、「いざという時」型の制度の利用率は一桁台にとどまるものが目立ちます。『月刊総務』の調査(2024年)でも、福利厚生の課題の上位は「コストの増大」(45.9%)と「利用率の低さ」(34.2%)でした。

※ この失敗事例は、実在する特定の団体・個人を描いたものではなく、複数の実例をもとに再構成した「典型パターン」です(編集方針:読む前の、三つの約束)。

02

分岐点

制度を自社の思想から育てたか、
他社の話題から借りたか。

No.005 理念の浸透でも紹介したシャイン(エドガー・シャイン/マサチューセッツ工科大学名誉教授。組織文化研究の第一人者)の3層モデルでいえば、人事制度は目に見える最表層の「人工物」です。人工物は、文化の深層にある「当たり前の前提」と一致しているときにだけ働きます。サイボウズの自由な制度が回るのは、質問責任・説明責任という風土が深層にあるから。同じ制度を風土ごと移植せずに借りてくると、表層だけが輝いて、深層と噛み合わないまま空回りします。

もうひとつの鍵は「使っていい空気」です。制度の利用は、本人にとっては小さな対人リスクを伴う行動です(エドモンドソン(エイミー・エドモンドソン/ハーバード大学教授。心理的安全性研究の第一人者)のいう心理的安全性の問題)。規程に書いてあるかどうかではなく、最初のひとり——とくに上司——が実際に使ってみせるかどうかが、制度の生死を分けます。休暇規定を撤廃したネットフリックスでさえ、直後はかえって取得をためらう社員が出て、リーダーが率先して大きく休むことで制度を機能させたと伝えられています。制度は、規程集ではなく先例で動くのです。

03

逆引き ─ 働いていた苦手と、効いた知恵

働いていた苦手→ ホモ・サピエンスの苦手図鑑

  • No.011 多元的無知「本当は使いたい」と全員が思いながら、「誰も使っていないから」と全員が見送る。使われない制度の中では、たいていこれが働いています。
  • No.012 権威勾配上司より先に休む・上司より自由に働くことには、見えない登り坂があります。坂を消せるのは、上司自身の先例だけです。
  • No.003 現状維持バイアス制度が変わっても、働き方の習慣は昨日のまま。人は新しい選択肢より、いつもどおりを選びます。仕様です。

効いた知恵→ 知恵の図鑑たち

  • 制度・ツール・風土の3点セット制度は単体では回りません。支える道具と、使うことを許す風土まで含めて一つの設計です(サイボウズ)。
  • 心理的安全性が利用率を決める制度の利用は小さな冒険。安心の土台づくりはホモ・サピエンスの知恵図鑑へ。
  • スベった制度から学ぶ続く制度の条件は、参加ハードルの低さ・運用のシンプルさ・文化への適合(カヤック)。やめる勇気も設計のうちです。
04

処方箋の入口 ─ 同じ分岐点に立つ人へ

  1. いま検討中の制度は、自社の「何を大事にするか」から説明できるでしょうか。他社名でしか説明できない制度は、移植しても根づきにくいはずです。
  2. その制度、最初に使うのは誰でしょうか。経営陣・管理職が使う予定のない制度は、若手も使えません。導入日に「上司が使う日」を先に決められないでしょうか。
  3. 制度の利用率を測っていますか。そして、使われなかった制度を「やめる」手続きはあるでしょうか。作る勇気と同じだけ、たたむ勇気が制度の信頼を守ります。

制度を「話題」ではなく「文化の表現」として設計する組織開発を、経営者・人事担当者と一緒に行っています。

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この事例の要点をA4一枚にまとめた要約版(PDF)もあります:社内検討用にダウンロード無料・登録不要/出典表記のままご利用ください(CC BY-NC-SA 4.0)

出典・参考(クリックで開く)

サイボウズ公式「ワークスタイル」(離職率28%→4%以下・各制度の導入年)/青野慶久『チームのことだけ、考えた。』ダイヤモンド社(2015年)/面白法人カヤック公式「サイコロ給とスマイル給」/スタジオパーソル「『失敗する人事制度』のパターンとは? 面白法人カヤックの数少ない"スベった"制度を聞いた」/労働政策研究・研修機構「企業における福利厚生施策の実態に関する調査」(2017年度)/『月刊総務』福利厚生に関する調査(2024年)/リード・ヘイスティングス、エリン・メイヤー『NO RULES』日経BP(2020年)。
成功の航路は公開情報にもとづく実名事例です。失敗事例は、複数の実例をもとに再構成した匿名の典型パターンです。シリーズの編集方針はハブページ「読む前の、三つの約束」をご覧ください。テキストは CC BY-NC-SA 4.0 で公開しています。